凍てつく空気の底で輝くように、それはほんのりと色づき始めていた。

自分が愛されるべき貴婦人であることを知り尽くすかのように

堂々と

燭台にともされたばかりの幼い炎のような円錐は小さいが、

そのビロードのようになめらかなドレスの裾を広げはじめていた。

薔薇という、その誇り高い一族の名にふさわしく。

冬の寒さの中に毅然と。

人はそれを狂い咲きというが、

私には、

美しいレディのように思えたのだ。

誰にもとらわれない気高さ。

なにものも恐れない強さ。

瑞々しいまでの美しさ。

まるで、

まるであの人のように。



Bloom în afară de sezon -凍て薔薇-



クリスマスイブの夕暮れ。

教団本部裏手の古い壁面に茨をはわす薔薇の枝先。

そこに季節はずれの小さな莟が色づいていた。

「こんな季節に薔薇が…」

しばらくの間夢のような紅色にみとれていたクロウリーはふと右手を伸ばしかけたが、気がついてその手をそっと懐に戻した。

その色づき始めた花びらの美しさに敬意を表し

そこから静かに数歩退けた。

明日には花開くであろう乙女に、不用意に触れて、傷をつけることを恐れたのだ。

…しかし

「この寒さで大丈夫であろうか」

ほんの少し胸が不安に傷む。

儚く枯れるその姿を思い浮かべて。

「クロウリー。裏門の飾り付けはだいたいオッケエです、おつかれさまでした」

今夜のクリスマスパーティーの支度をしているアレンが声をかけてきた。

「うううう、さっみーー。なんか急に冷えてきたさ。早いとこなかに戻って一休みしようぜ」

後ろではラビが電球の線を抱えて身を震わせている。

「そうですね、僕はお腹がすいちゃったな。ディナーパーティまで少し時間があるし、僕の部屋でココアとクッキーでも食べませんか?クロウリー」

「俺はいっぺん風呂に入って暖まることにするさ。クロちゃんどうする?」

「え?ああ、そうであるな」

なんとなく上の空のクロウリーを怪訝に思った二人はその目線の先を追った。

「あ、薔薇の花…ですね。へえ。こんなに寒いのに花が咲くんですね」

「そいつあ狂い咲きだなあ。温室ならともかく、この裏庭でよく莟を付けたもんさ」

「…そうであるな」

クロウリーは少し暗い言葉を濁す。

アレンはつま先だって莟を覗き込んだ。

「もうほころび初めていますね。きれいな赤だな。咲いたら鮮やかでしょうね」

「明日にはきっと元気に咲くと思うさ。見にきてみようぜ」

「楽しみですね、クロウリー」

「う…うむ」

-明日鮮やかに-

後ろ髪を引かれるかのように薔薇のつぼみに目をやっていたクロウリーも、その言葉を聞いて少し安心したようにきびすを返した。




メリークリスマス!

メリークリスマス!!

メリークリスマス、ブラボー!!!

厳粛な神への祈りのあとのはじけるような歓喜の叫び。スパークリングワインのコルクが弾ける音。教団の長い食卓のあちこちに巨大な七面鳥のローストが山のようにそびえ、熱々の湯気を上げる腸詰めポテトや、肉詰めパイやケーキやジンジャークッキーや冷たくシャキシャキのサラダ、アイスクリームや、宝石箱のようなケーキがなどが所狭しとのせられていた。

それだけではない、色取り取りの灯と蝋燭に照らされた食卓には、世界中の料理が並んでいる。この本部には世界中の人間がいるからだ。

カレー、シシケバブ、チャーハン、ラザニア、チリ、ラウラウ。

名もわからぬうまそうな料理の数々。今夜は本部全体のメンバーがほとんど食堂に集合していた。コック長ジェリーも腕の見せ所だ

普段から食に関してはボリュームのある教団の夕食卓がひときわに豪華にあふれかえっている。

「わあああ、僕のターキー!ああっこっちはローストポーク!!唐揚げ、肉まん!!」

アレンウォーカーは感激のあまり涙ぐみながらひしひしとごちそうを平らげ続けている。

ラビは、やたらとクラッカーをならしながら大笑いしている。

リナリーは皆のためにケーキを切り分け、神田は仏頂面のままだが、しっかりとそのテーブルの真ん中にいすわり、静かに蕎麦寿司をつまんでいるらしい。

ミランダとマリは、ゆったりくつろぐようにワインを飲んでいた。

元帥達も、何か和やかに話しながら、塩漬けニシンをつまみに一献傾け合っている。

シャンパンを一息に飲み干したクロウリーは、少し頬を染めながら周囲を見渡した。

エクソシストもファインダーも科学班も、その他のスタッフも今夜ばかりは羽目を外して飲み食いうたい、余興に興じている。

たくさんの仲間達がいる。

夢に見た、クリスマスらしい風景。

その真ん中に、当たり前のように自分がいた。

なんだか魔法のように。

とても暖かかった。

「飲んでるかい?クロウリーくん」

「クロウリーさん!これ食べてみましたか、ちょーウマイっす!」

「アレイスター、ちょっとこちらに来て酌をせんか」

「クロウリー?ケーキ食べる?じゃあ、とってきてあげるね」

「クロちゃーん、ちょっとこっちにきてほしいさ、あっちでファインダーの女の子がー」

皆と迎える二度目のクリスマス。

教団の本部のみんなと過ごすクリスマス。

アレイスタークロウリー三世の名前を知らない者は、ここにはほとんどいない。

世界の中に存在することさえ「知られることの無かった、自分が。

まるで。

ゆめのように。

「楽しんでますか?クロウリー」

両腕にみたらしだんご山盛りの皿を抱えたアレンが、直ぐとなりに座り込んだ。

「もちろんである。アレンはちゃんと食べたであるか?」

「いいえ!まだまだこれからです、まだ腹の足しにもなってませんよ!」

ははは。

「いつもながらアレンの食欲は本当に凄いであるな」

この少年の愛おしさに頭を撫でてやりたい衝動に駆られるクロウリーの耳にリナリーの声が聞こえた。

「ねえ!雪よ」

おお、と静かにどよめくような人々の声があがり、皆一斉に窓を見上げれば

白い羽毛のような雪が闇夜を舞い始めている。

「本当だ」

「ロンドンもとうとう初雪か、寒いわけだな」

「ホワイトクリスマスですね、素敵」

「さあさあ皆、ホットサングリアを出すわよ。熱々のうちに飲んでチョーダイ」

ジェリーの声を聞いた人々は再びにぎやかに沸き立った。

「あれ?クロウリー?」

アレンが気がついて名前を呼んでみる。

クロウリーの姿はいつの間にか食堂から消えていた。



シキシキと雪を踏みしめたクロウリーは裏庭についた。

バサリと蝙蝠傘を開き、しかし自分に掲げるのではなく、そっと石壁にむけてさしかける。

「さすがに雪は冷たすぎるであろう。」

その下には先ほどの薔薇の莟があった。

「でも貴女はここにいるしか無かろうから」

女性に話すようにクロウリーは呟いた。

「大丈夫である、雪がやむまではここにいるつもりである」

「なんか、星の王子様みてえだな」

聞いた声が闇の中から響いた。

「ラビ」

サンタの帽子を被ったままの赤毛の少年が、クロウリーのところにやってきた。

「このままだとだいぶ積もりそうだぜ。ずっと一晩中そうして傘刺しているつもりさ?」

肯定するでも否定する訳でもなく、クロウリーは本の少しだけ肩をすくめる。

「だって彼女が心配であるから…」

…彼女、か。まあ、そこがクロちゃんのいいところだけど。

ラビはほんの少し笑い『やれやれさ』といった。

「じゃ、しょうがねえ。ホイ」

マグカップが飛んでくる。

クロウリーは傘を持つ反対の手で、それを空中で受け取った。

そこに熱いコーヒーがたっぷり注がれる。

「そんならここでパーティやっちゃう?」

驚いてラビの顔を見下ろせば湯気の向こうでニコニコと大きく笑顔が揺れている。

その背後から、いきなり分厚い毛布が被せられた。

「ズルイですよ、ラビ。自分だけ抜け駆けなんて」

毛布を抱えたアレンが、ラビの背後から脅しかけると、今度はクロウリーに向かって笑った。

「風邪引きますよクロウリー。毛布もってきました。それからサンドイッチと…」

「ワインも用意しとるぞ」

「ケーキももってきましたわ」

「キャンドルも必要よね」

「ブックマン、リナリー。ミランダ…も?なんで…であるか?」

クロウリーはすっかり驚いて、目を見張る。

そこには元クロス部隊のメンバーがいつの間にか揃っていた。

「だってクロウリーがこっちにいるっていうから」

「そうそう。それに…こういうのも楽しいじゃないですか」

「去年やれなかった分まで楽しめばよかろう」

「でもやっぱ寒いさ!」

「あ!!じゃ、いっそキャンプファイヤーどうですか、暖かくなります…よ」

「え?いや焚き火は、ちょっと、まずいんじゃ…」

「あ、ヤバイ、クロウリーが泣きそう」

皆口々に勝手に喋りかける。その笑顔の明るさ暖かさ。

なんてにぎやかなのであろう。

しんみりする間もないではないか。

クロウリーは、グシっと指で眦をこすり上げると、今まで何百回も口にした言葉をことさらに強めて言った。

「泣いてないである!」

それから改めて


メリークリスマス!



大切な、仲間達に。

そして

薔薇に。


-Ende-20091224