Chalcedony Tang  血玉随の味

 

 

「また新手がくるぞ」
クロウリーがほんの少しまぶしそうに目を細めながら、はるか地平線を見つめて呟いた。
白煙の上がる瓦礫の山のいただきに立ち、バンダナの下の汗を親指で拭ったラビがうんざりといった様子で尋ねてくる。
「マヂ?大群か?」
「まあまあだな。見たところ雑魚ばかりのようだ」
それを聞いたラビは深いため息をついて、ホルスターにしまったばかりの鎚をくるくると取り出した。
「はああ、どうでもいいけど、いっぺんに来てほしいさ。これじゃ、リナリーたちとの待ち合わせの時間に全然間に合わねえ」
「そう腐るな」
クロウリーは大きく白い犬歯を見せて太々しい笑みを浮かべた。
その口元は先ほどまでの戦いの餌食の血で紅く染められている。
「元帥の情報が無い以上、てぶらで戻るよりはよかろう」
「そりゃあそうだけどさあ。朝からずっと戦い通しで、飯喰う暇もないし。いいかげん腹減ったさ」
クロウリーは引きつれのある恐ろしい頬を少しだけゆがめて「ふん」と鼻を鳴らした。不機嫌そうに見えるのは、発動中いつもの事だ。
「ぎゃあぎゃあうるさい。これをくれてやるから、少し黙れ小僧」
クロウリーは腰のポーチから、何かを握り出すと、ラビに突き出した。
「なに?」
クロウリーがぐいと手を開く。
しなやかな皮の手袋の上には、赤や緑や色とりどりの丸いアメ玉が乗っていた。
ラビはちょっと驚いたようにそれを見つめ、それから嬉しそうに笑った。
「どうした?」
「いや…クロちゃん、どうしたんさ?これ」
「今朝、出がけにアレンがよこした。それがなんだ」
怪訝な顔で見つめるクロウリーをよそに、ラビはさらにニコニコ笑ってしまった。
発動中の彼の手の平が、可愛いアメ玉の乗っけている事が、なんとも不思議に思えたのだ。
「いや、なんか。どうも似合わないなとおもって」
言いながら思う。
 ーああ、そうか、これもらったときはおとなしいクロちゃんだったろうな。
そして、想像してみて納得する。
おとなしい時のクロウリーの手のひらに乗っかったアメ玉の様子を。

 

 

「クロウリー、これ…少しだけどあげます」
アレンが手に乗っけてやった一握りのキャンディ。
きっとクロちゃんは、目を丸くして。
ぱあっとほおを紅潮させて、満面の笑みを浮かべたんだろう…
「キャンディであるか?うわああ。可愛いであるな!もらってもいいのであるか?」
「ええ!たくさんもらいましたから!おなかがすいたら食べてください」
「ありがとう!今日の探索のときにラビと食べるである!」

…なんて感じかな?
食い物の事になると血眼のアレンだ。かなり勇気を出して、分配したに違いない。
アレンのヤツ、何かというとクロちゃんの事を気に掛けて面倒みてるからな。
まあ、しゃあないか、弟弟子みたいなもんだし。
みてられない感じは俺もよくわかるさ。
壊れそうに優しくて、穏やかで悲しくて、いじらしいほどおろおろで、一生懸命な生き物…
なんつうか…とにかく、30に手が届く男には見えないしな。
でも…
と目の前の背の高い男を見上げる。
目の前に立っているのは、闇を纏ったほうのクロウリーだ。
太々しいほどに尊大で、剛く短気で、邪悪に満ちてこうかつな、美しい獣(けだもの)

どっちが本当のクロちゃんなんだろう。
いや、どっちもクロちゃんに間違いないんだけど…

一瞬、思考を飛ばしてしまったラビをみて、
クロウリーの黒い眼差しに若干のいらつきが浮かんだ。
「いらんのなら、やらん」
クロウリーは、手のひらを握って返すとマントの中にしまいこんだ。
「ああ!今、もらおうと思ったのにぃ!!クロちゃん気が短いさ」
ラビはすがるように泣き言を吐いた。
悪戯な目でラビを一瞥したクロウリーは、少しだけ愉快そうににやりと唇をゆがめた。人間離れした尖った歯列が大きく存在を鼓舞して光る。
「冗談だ、さっさとうけとれ」
クロウリーはそういうと、マントの端を翻し、ポーチからつかみ出したアメ玉をじゃらっとラビにほおりなげた。
「あわわわ」
落とさないように慌てて受け止めたラビは、ふと呟いた。
「クロちゃんの分は?」
「心配するな、ちゃんととってある」
「…クロちゃん…は喰わないの?」
妙な含みのある問いかけに、彼の目が少しだけ丸くなる。
「いいや。今の私にはもっと魅力的な物があるからな…なぜそんな事を聞く?」
「いや、なんとなく…今のクロちゃんが物を喰うとかそういうの見た事ないから…いや、深い意味とか、じゃなくて」
クロウリーは一瞬口をすぼめて、怪訝そうにラビをみた。
ラビは見透かされたような気がして、居心地が悪そうに付け足した。
「…あ、その、ごめん、俺はどっちのクロちゃんも大好きだけどその…、時々思う事があってさ、なんつうか、どっちが…その…」
ラビの言いよどんだ言葉の意味を理解したクロウリーは、その瞬間だけ獣の瞳から険がとれて普段の優しい光を宿したように見えたが、すぐに消えた。
耳までさけるほどの笑みを浮かべると、ポーチの中に残っていたアメ玉を掴み出し、自分の口にその中身をほおりこみ、大きな牙でわざとガリガリと音を立てて噛み砕いた。堅く澄んだ宝石のようなかけらが、凶暴な牙に砕かれ、はじけ、彼の口元できらきらと踊る。
クロウリーは、ごくんと甘いかけらをすべて飲み込み、舌をみせて、チロリと唇をなめあげると迷いの無い声で、言った。
「どちらもこちらも、ない。…心配するな」
何か不思議な光景を見るように、その様子を見つめているラビの、片方だけの目をじっと見つめ、クロウリーは続けた。
「私はわたしだ…今までも、これから先どう在っても」
自分にも言い聞かすように呟いた彼は、すぐに荒っぽい口調に戻った。
「さっさと喰ってしまえ。戦いの最中に喉に詰まらせてもしらんぞ」
それからマントを翻し、前線に向かって疾走した。

ラビは、ぎこちなくうなずくと、手のひらのカラフルなアメ玉をみつめた。
そしてふと思いつく。
もしかしたら…
クロちゃんには、このアメもアクマの血も等しく甘いのかもしれない。
全く異質のものなのに…
彼と同じ感覚を共有できない事に、ほんの少しだけ、なぜかラビは嫉妬を感じた。

色の中から、血のように紅黒い一個をえらび、
ぽいと口に放り込む。
血ではなく、さくらんぼうの渋甘い味が、舌の上に広がった。
アクマの群れは、既にラビの目で捉える距離まで迫っていた。
「よっしゃ、さっさとかたずけますか」
ラビは、大鎚を構え直すと、
ガリリと、口の中の甘い血玉を噛み砕いた。

ーendeー2009.3.25