この作品はゲーム『奏者ノ資格』準拠です

 

明け方
レベル3に注意しながら一晩中野山を走り回ったオイラは、ようやくエクソシストたちが休んでいる風穴に戻ってきた。
手に入れた材料を混ぜ、石ですりつぶして、こねる…。
「できたっちょ!」
「ん?どうしたんさ?ちょめ助」
オイラの声を聞きつけたラビが、目を覚ましておき上がった。
物音に気がついたのか、船員の男もビクリと起き上がる。
「どうしましたか?エクソシスト様」
オイラは桜の葉をちぎると、出来上がったばかりのそれをのせて、ラビに差し出した。
「ラビ、これをあいつに飲ませてやってほしいっちょ」
ラビは葉っぱの上にのった、赤くて丸いお団子の群れを不思議そうに眺めた。
「これ…なんだ?」
「『薬』っちょ。」
オイラは胸を張って言った。
「薬って。なんかでかくて真っ赤でアメ玉みたいさ?何が入ってるんさ?」
ラビはうさんくさそうに。クンクンとにおいを嗅いだ。
「ええとね、葛の根と百合根と行者ニンニクと蓬と陀羅尼助と蜂の子と…とにかくこの辺の森でとれる、元気になる薬草とかいろいろを潰して、食べやすいように蜂蜜でこねてまるめたんだっちょ。和漢薬ってヤツっちょ。
あとね。イモリの黒焼きとかマムシの生き血もはいってるっちょ。
マリアンに頼まれて作った事があるんだっちょ。これ飲めばきっとあいつ、すぐに元気になるから。
でも、オイラが近づくと辛そうだから…ラビからあげてほしいっちょ」
「イモリ?マ、マムシの生き血って…マジ?」
「日本に伝わる精力剤っちょ。絶対よく効くから」
その時、船員の一人が、オイラの手から薬をかすめ取った。
「そんなうさんくさいもの、エクソシスト様に飲ます訳にいかないっす。先に俺が、ちょっと毒味をします」
「だ!だめだっちょ!!」
オイラはあわてて取り返し、とられないように抱え込んだ。
「こ、これはあいつの為に作ったんだっちょ。あいつ以外にやるつもりないっちょ」
「なんで隠すんだよ。怪しいな!毒でも入れたんじゃんないだろうな」
船員はムキになって、オイラに詰め寄った。
「ど、毒っていうか、いや、ち、ちち違うっちょ。そんなんじゃないー。怪しいものなんか何っにも入れてないっちょよ。ホントだってば」
騒ぎを聞きつけた仲間たちが、次々を目を覚ましてしまった。
 

「どうしたの?ちょめ助」
「何じゃ、朝からうるさいのう」
マズイっちょ。
あまり大げさにしたくないっちょ。
「ほ、本当に薬なんだってば、毒なんかじゃないちょよお。早くあいつに飲ませてやってほしいっちょ」
涙ぐんで叫ぶオイラの肩をポンとたたいて、ラビが間に割って入った。
「チャオジー、大丈夫さ。ちょめ助がそんな事するはず無いだろ」
「ラビ〜」
うるうる泣きながら、オイラはラビの後ろに隠れた。
「でも、こいつの態度なんだか変っす、なんだかんだ言ってアクマなんだし、油断できないっすよ」
「バレンタインのプレゼントさ。なあ、ちょめ」
食い下がる船員に、ラビは突然しれっと説明した。
ばれんたい、ん?
「昨日ちょめ助にちょっと教えたんさ、西洋ではそんなこんなの習慣があるんだってこと、なー?ちょめ助」
なんだかよくわからないけど、もうメンドいから、話に乗ってしまうっちょ。
「そそ、そうそう。それなんっちょ」
「なんすか、それ」
「あれ?チャオジーも知らないさ?2月の14日はバレンタインデーっていって、女の子が好きな男にお菓子をプレゼントしたりするんさ」
へ?好きな男に?
「それのマネさあ。日本は太陰暦を使うから、ちょうど今頃だって話をしてやったんさ。なあ、ちょめ助?恥ずかしいから、クロちゃんにこっそりあげたかったんだよな」
「そ、そう。実はそうなんだっちょ」
ラビの大嘘つき!!話がよけいややこしくなったっちょー(;;)…
ラビはにやにやしながら、オイラの手の中の薬を受け取った。
「大丈夫さ、ちょめがいいヤツだっていうのは、俺が保証するから。心配いらないさ。チャオジー。どれ、じゃあ早速クロちゃんにのませてやらなきゃね」
「…エクソシストさまが、そうおっしゃるなら…」
船員はなおも不満そうだったが、ようやく道を譲った。
ラビの後ろ姿を見送ると、うさんくさそうにオイラの顔を見る。
オイラはラビの後ろ姿と船員の顔とを交互に見た。
ラビのヤツう。なんかおもしろがってるっちょ。オイラまじめに任務遂行中なのに。
 オイラは、気まずく愛想笑いを浮かべると周りのみんなに
「は…あははは、このことは、どうかご内密にたのむっちょ」
と付け加えた。

 

 

水を汲んでいると、すぐ後ろで、おだやかな声がした。
「本当にありがとうである、ちょめ助。薬がとても効いたである」
オイラびっくりして振り返った。
あいつがラビといっしょに、すぐ後ろに立っていた。さっきまでの顔色の悪さが消えて、ほおに血の気が戻っている。
ぎらぎらした眼差しもほんの少し穏やかになっていた。
「おお、元気になったっちょ?オイラの近くに来ても平気っちょか?」
あいつは優しくうなずいた。
「制御できる程度に落ち着いたであるから。今まで怖がらせてすまなかったである」
オイラは首をふった。
「んにゃ。ぜんぜん怖くなかったっちょ。最初にあったときから怖いと思った事はないっちょよ。お前いいヤツだってわかってるからな」
何だろう。
言いながら、オイラはなんだかすごく嬉しかった。
アイツは少しはにかむように頬を染めた。
「…それにしてもよく効く薬であるな。何が入っていたのであるか?」
「えへへ、マリアン秘伝の薬だからな。企業秘密っちょ」
「あれ?たしか俺がきいたときは、まむしの生き-」
「うるさいっちょラビ。さあ!もう少し休んだら出発するっちょ。支度するようにみんなに言ってほしいっちょ」
あいつはにこやかにうなずくと、オイラのすぐ近くまできて、汲んでた水をひょいと持ち上げた。その瞬間、なんだかふわりと甘い香りがした。
「かわりに私が運ぶである」
「あ、ありがと…」
その姿を見送るオイラにラビがニコニコ笑いかける。
「…ありがとな…ちょめ。知恵を絞ってくれて。正直、助かったさ」
「なにいってるっちょ、あのぐらいは、たいした手間じゃないっちょ」
「そうじゃなくてさ、その、お前の手首の傷」
ラビに指摘されて、オイラはあわてて手を隠した。
「こ、これは、あれっちょ。リナリーのイノセンスに直接さわっちゃったからで、それで-」
「マムシの血じゃないんだろう?あの丸薬に混ぜてあったの」
うわ、バレてるっちょ?
「…オ、オイラの血が入れてあったこと、あいつに言わないでほしいっちょ。絶対、絶対言わないでほしいっちょ。じゃないとあいつ…」
オイラはアクマだから、よくわからないけど、その事を知ったらあいつはきっと傷つくと思うから。
おそるおそる、オイラが言うと、ラビは何も言わずに、オイラの手を取って布を巻いてくれた。
「さて!リナリーたちも回復してきてるし、今日こそがんばって江戸にたどり着くさ。道案内頼むぜ。ちょめ助」
オイラは、ほっとしてうなずいた。

 

それからふと、思い出して、ふところに手を当てる。
小さな空の酒瓶がカチリと、肌にあたる。
『お前の血をやってくれ』
マリアンの声が響く。
けれども…これはまだだっちょ。
オイラは心の中でつぶやいた。
ギリギリまで、ギリギリまで、みんなのそばで力になりたい。
あいつらの力に。
でも、必ず最後には。
…そうすれば。
そう思うと、胸のどこかが暖かい。
オイラはもうすぐ壊れるけれども、あいつの中にいられるんだっちょ。
あいつは、きっと。
あいつなら、きっと。
オイラを…ちゃんと。

 

ついっと襟をただして帯をポポンとたたく。
人間の娘がそうするように。
降り注ぐ桜の花に目を細めて、
オイラは上機嫌でつぶやいた。
「本日も快晴。桜日和っちょ」

 

<終>