死の気配に満ちた風景の中で明日を夢想するmime(戯れ言)
それは恐怖が引き起こした狂気か?
それともこころ砕かれない為の護符か?
あるいはたむけの儀式か
捧げる花のない死者(自分)への




Dopodomani -明日のその先-




砕けた聖堂の大天使が、横たわる私の頭上で逆さまに見つめている…
彼の大理石のなめらかな優しい微笑みは、彼の下にしかれて絶命したであろう信者達の命などおかまいなしに、何の救い手もさしださぬ決意をもって私たちに向けられ、堅く動かない。
まだまだお前達だけは死なせる訳には行かないと冷たく言い放つ主人のように。
私はといえば、まだ無様に転がったまま身動きが取れぬので、天使の目線をさけず、それがかつて愛した女性の整った口元にほんの少し似ている事をみつけて、甘い記憶をかすかに拾い出している。
彼女…エリアーデがいつも、どこにでも存在してくれる事に切なく感謝をしながら。




…タラ ドウシマス?
「そうですね、ぼくは、やっぱり…クラウン(道化師)かな」
ずっと真剣に考え込んでいたアレンは悩んだ末に言った。
半身ほどがきざまれ、おまけにミディアムレアに焼けていたであろう私の体を 
彼が鋭く冷たいナイフの爪にかけてかかえこみ、聖堂の砕けた大理石の彫像の瓦礫の影に、無理矢理引きずり込んでから…すでに四半時にはなるだろうか。
時折、無作為な攻撃の雨が注ぐ中、
そうして私の体をずっと抱きしめて、まだ手放そうとしない白い髪の少年は、自分自身ぜいぜいと浅い息をはきながら嬉しそうに笑って 口からにじむ紅を拭った。
「芸は身を助けるっていうか…まあ、他にこれと言って出来る事は無いし、お客さんの笑顔を見るのも好きですから、それに……ナと」
そういって口をつぐみ、どこか遠い場所を眺める。
たぶん私の知らない誰かを、失った大切な人の面影を…、その後ろ姿を見つめているのだろう。
私が彼女を思うように。
「クロウリーはどうしますか?」
「わたしだと?」
話題を変えるかのように少年が尋ねる。
幸いにというか不幸にしてというか、十分にアクマの血液で体を満たしていた私は、又、命を失い損ねていた。これほどおびただしい死の中にあって、私とこの少年はまだ神の使役の為に追い回されているところだ。
猛毒の血の効力で、ただれ焦げたはずの皮膚の下から新たな皮膚が沸き、切りさかれた体中の傷はみるみる乾いていく。急激に肉の損傷が修復されていく感覚にいつも通り不愉快な疼きを覚えながら、まじめに想像する。が、何も思いつくことは無い。それはまとわりつく痛みのため というよりは想像の限りを大幅に越えたイメージのためだった。私はかなり努力したが,あきらめて、牙を噛み締めたまま息をついだ。
なんとか、笑ってみえるように。
「何も思いつかん。なんの取り柄も無いのでな、ただ…」
ただ、ふとエリアーデを失った場所にすら彼女の墓碑が無い事がかすかに脳裏をよぎるが、少年と同じく言葉にできずに、うっかり会話をとぎらせ 悔やむ。
だが、少年は私の心を読んだかのように優しい音で言葉を引き継いでくれる。
「行きたい場所があるんですね?」
その優しさを無駄にしないために、本当ではないが嘘ではない気持ちをすり替えるように並べる。
「そうだな……いってみたい場所はある。見てみたいものもたくさん。まずはそれをかたずけることにしよう。生きるすべはその後、そのとき考えるとしようか」
  なにしろ世界はひろいからな
と付け加えると少年はなぜか妙に寂し気に
「そうですね、世界は本当にひろい…広過ぎますよ」とうなずいた。
そう
その広い世界を 小さな私たちは救おうとしているのだ。
「そうだ!それなら、ぼくといっしょに旅しませんか、二人でコンビをくむんです」
「私が…お前と?」
その言葉に、かなりの難問を見いだして、ついつい眉間にしわを寄せる。
「ああ、あの。いや、無理にというわけじゃないんです。ただ旅をするなら、一緒のほうが寂しくないし心強いし。ぼくだって、あなたと…なら…」
あわてて言葉に詰まるアレンに、問うてみる
「拍手をもらえるだろうか。この私が」
  この、人でない躯と姿で…幸せに笑ってもらえるだろうか
ジルジルグチュグチュと淫らしい音をたて、肉が盛り上がり血管と骨がつながり、私の躯がなおも修復されていく。
少年はひときわ私の躯を強く抱きしめ、大まじめに答えた。
「大丈夫ですよ、ぼくだっていろいろ教えてあげますから。クロウリーの運動神経なら、いろんな軽業だってすぐ覚えるし。
背が高いと技が大きく見えていいんですよね。お客さんに受けますよ。楽しいだろうな。二人で世界中を歩きまわれたら…あ!でも」
それからとても凹んだ様子で憂鬱につぶやく
「…まずは借金返済ですよねえ、ぼくの場合」
その様子があまりに可愛らしかったので、私はくっくと笑った。
「あー。酷い、笑わなくても。ぼくにはとてもリアルな問題なんですから」
「すまんな。小僧」
  そこまで律儀に他人の借金を返済する姿がいじらし過ぎて、な。
身を呈して分け与える,少年の優しさと一途さ。
自分もその恩恵の中にあり、未だ返す事が出来ぬ哀しさに
皮肉な気持ちを含んで、再び笑みを浮かべながら私はようように立ち上がる。
ひときわ大きくえぐられていた胸の傷が、なんとか塞がったのを確かめるように血まみれの手の平を押し付けながら、
すぐさま少年の顔色が変わる。
「クロウリー!無理しちゃ駄目です」
「は、もう癒えた。大丈夫だ」
私は、本当ではない事実を告げて瓦礫の上の空を見あげた。
明日を見る事は出来ないのに
並の人間では見えぬ闇を見る事の出来る目で、ざわざわと血をかき立てる獲物の群れを捉える。
「リナリーたちは街の外に出られたでしょうか」
よろり、と立ち上がりながらアレンがひとりごちた。
「そう、信じるしかあるまい」

コノ戦イガ終ワッタラ ドウシマス?

やはり私たちは、広大な未来を思う事は出来ない。
私たちは小さすぎて…
が、
今何をすべきかはわかる。
今、見えている事。
アクマの攻撃から逃がした人々を守る為に、ここで食い止める、こと。



「小僧、新手が来た」
「ええ!」
少年の返事を聞く間もなく、血の砲弾の嵐がふりそそぐ。
立ち上がった視界の先に古く美しい街の面影はすでになく、そこは地獄の風景だ。
いつかこの戦いが終わったら…
地獄の先には,何がある?
何もわからない。
それは泣きたいぐらいにおぼろげで遠い 遠すぎる風景
「道化か、ガラではないが」
私はゴキゴキと音を立てて左掌を握りしめると、自らの血を凝らせて鋭い手甲を纏った
「お前と旅するのは悪くない」
   それどころかたぶんそれはきっと満ち足りて…
「え?」
少年が、一瞬聞き返すが答える時間はもうない
「行くぞ小僧!」
「はい」
私たちは戦火に身を投げる。
見る事の出来ない夢を見ながら。
この戦いが終わったら…いつか
だが今は
やるべき事がたくさんある。



まずは、生きて帰ること。



  -ende-2009.6.2