城の裏庭の片隅の

もはや畑とは言えない荒れ地で、それは実っていた。

城の外に出ることの少ないアレイスター クロウリー三世にはあまり目にする機会のないものだったが、

その鮮やかな暖かい色は、子供のときに見てもちろん覚えがある。

一昨年、逝去なされた御祖父様が薬草畑の傍らに育てていたもの。

種を煎じれば解熱の薬になるのだったか、精力剤だったか、おなかの痛みに使うのだったか…

とにかく。

生命力の強い植物なのは知っていたが、ほったらかしのまま数年たち、野生化してなお、こんな大きな実りをつけるとは、驚きだ。

ころんと愛嬌のある丸みと独特のオレンジ色。

「いやいや、この場合はカボチャ色であるな」

クロウリーは珍しく声に出して呟くと

久しぶりに、何となく嬉しい気持ちで笑った。



DovleceLanterne ージャコランタンー



この季節は、なんともやるせない。

日々、太陽が早々地平線に隠れてしまって、夜がどんどん長くなっていく。

空気が冷たくなり、古く湿っ臭い城の隅々にまで冷気が宿り始める。

植物が枯れ始め、木々の葉が落ち、あちこちに『死』の匂いがたちこめるようで。

この切り取られたような空の下に、たった独りである事実をつきつけられるようで。

身をかきむしって叫べばいかほど楽になれるかと、常に思いながら。

ただただ。

城の奥にしずかにじっと潜んで、朝がくるのを待つ。

明日になれば何かが変わり、救われるのではないかと、何の根拠も無くぼんやり思いながら。

そうして時を過ごし、暗い冬を迎える…。

たった独りで。

来年も再来年も

これから先もずっと。




けれども今夜はほんの少し心が軽い。

太陽のように朱に色づいた丸い果菜を懐に抱えて、スソのちぎれたマントを引いて城の奥へと向かう。

残り火が温かな暖炉の前に座り込んで、薪をほんの少しくべ、それから小さなナイフを取り出して、サクリと音を立てる。

鮮やか色のカボチャを食べる分だけ切りとって、炎で焼けたレンガの上にそっとのせる。

この土地で古くからやる、食べ方。


独り暮らしを初めてから、料理などほとんどしたことはない。

食べられるものを食べる。

冷たくても、美味しくなくても。

けれども今夜の夕餉は、ほんのすこし…

「なんだかちょっと楽しみであるな」

クロウリーは、暖炉の煉瓦にのっけたカボチャに向かってクスクス笑った。

それから今度は

カボチャが焼ける間に 残ったほうの身の中をくりぬいて…

『そのあとどうするのだったであろう…』

クロウリーは、誰に言うでも無くつぶやき、しばし考えた。

遠い子供のころの記憶を辿る。

この季節に、村人達が門口にともす篝りの灯。

夏の陽射しがこぼれるような。

森の奥から盗み見て、自分もやってみたいと思ったあの愉快で暖かそうなともしび…。

そうだ。

目と鼻と口の形にくりぬくのだった。

それに灯をともせばよいのだ。

おまけに小さな小窓をいくつも開けてやろう。

そうすれば光が漏れて、きっと美しく…。

こうして

不格好な小さなジャコランタンに灯がともるころには、

暖炉のカボチャが、香ばしく焼き上がる。

ただ焼いただけのホクホクの野菜。

この村の誰もが食べる素朴で甘い味

それを食べたら魔法のように、ほんの少しだけ暖かくなれるに違いない。

そうしてランタンの炎を眺めながら、今夜は眠るとしよう。

きっと明日はほんのすこしだけ、

何か変われると信じながら。




「うわああ、美味しそうだなあ」

「凄いですわね、カボチャ色が鮮やかですわ」

「本当、どれもきれいで食べるのがもったい無いみたい」

「へえ、カボチャって、けっこういろんな料理ができるんさ」

その夜エクソシスト達は食堂のテーブルに並べられた色鮮やかなカボチャ色の洪水に、大喜びだった。

カボチャのポタージュ

カボチャのスフレ

カボチャの詰め物

カボチャのグラッセ

カボチャのクリームサラダ

カボチャのソテー

カボチャのフライ

カボチャの天ぷら(蕎麦付き)

カボチャのニョッキやパスタ

カボチャドーナッツ

カボチャのコロケット

カボチャパン

カボチャアイスクリーム

カボチャプディング

などなど。

稀代のシェフにしてエクソシスト達のオッカサン的存在でもあるジェリーが得意げに腕を広げた。

「美味しそうでしょー?今夜はハロウィンパーティに出す料理のシミュレーションも兼ねたカボチャづくしよー!サアサアどんどん食べてねーん。」

「いっただきまーす」

よだれを垂らさんばかりだったアレンウォーカーは、極限まで腹を空かせた雛鳥のような大口で山盛りのニョッキを平らげ始める。

「どうかしら。おいしい?」

「おいひい!おいひいでふ、ジェリーさん」

片っ端からガツガツと平らげるアレンをみて、ラビが少し慌てる。

「オイオイ、アレン、そんなにいっぺんに食ったら、みんなの分がなくなるさ」

「なにいってんでふか、ラビ、早い者勝ちでふよ!」

「蕎麦と天ぷらには手を出すなよ、もやし」

「独り占めは駄目ですよ神田!」

「そりゃ、てめえの方だろ」

「大丈夫ヨ。足りなかったらまだまだ作るから。それからねえ。食べたい料理が無ければどんどん言ってね、レシピの参考にさせてもらいたいから。遠慮しないでー」

「はあああい」

アレンの勢いに押されながらも、エクソシスト達は楽しそうにめいめい食べ始める。

「ホクホクして美味しいっすね!」

「うまいものだな」

「カボチャは、身体の抵抗力を高めてくれるんじゃぞ」

「カボチャって、煮物だけじゃないんですね」

クロウリーは、仲間の輪の中に座ったまま、ただただ目を丸くしていた。

「あれ?クロちゃん。食べないんか?」

ラビが見とがめて心配そうに声をかけると、アレンも激しく動かしていたフォークを止めて首を傾けた

「どうしたんですか?クロウリー。早く食べないと冷めてしまいますよ」

「へ?」

クロウリーは我に返ったかのように仲間達の顔を見た。なぜかみんなの顔がぼんやり見える。

「どうしたんじゃアレイスター、泣いておるのかの?」

「え?」

ブックマンにさらりと指摘されて、クロウリーは慌てた。

「具合でも悪いの?クロウリー」

「大丈夫ですか?」

「腹でも痛いんさ?」

「お薬、いただいてきましょうか?」

赤面しながら、彼は指先で雫を弾いた。

どうして涙がでてきたのか、わからない。

あの日の夜のことなど、とうに忘れてしまった。

けれども、太陽のような鮮やかな色が、どういうわけだか、目にしみて。

暖かくて。

「大丈夫、泣いてないである。なんだか嬉しかっただけである。美味しそうであるな!いただきます!である」

熱々のポタージュにスプーンを入れる。

それを見て安心したらしいアレンが手を挙げた。

「ハイハイハイ!ジェリーさん!僕カボチャのだんごを食べてみたいんですけど、出来ますか?」

「いいわよ!」

「できれば、みたらしで!」

「わしは、マッシュカボチャをお願いしたい」

「月餅とか、いいかも」

「カボチャジュースなんて美味そうじゃね?」

「任せといて!そうそう、クロウリーもなにかリクエストがある?」

ジェリーがクロウリーを覗き込む。

「え?」


  それを食べたら

  魔法のように


「そうであるな…では」

クロウリーは、小さな灯を覗き込む子供のように微笑んだ。

「…焼きカボチャを、ほんの一切れ、お願いするである」

「焼く、だけでいいの?」

クロウリーが恥ずかしそうにうなずく。

「ん。わかったわ。お安い御用よ!」

ジェリーは、ジャコランタンの目のように尖った三角のサングラスをつまんで

大きく、優しく、笑った。


-ende20091021-