僕は彼を 静かにソファに横たえる
水と酒と布
方舟中を探して懸命に集めた仲間たちの想い
手当てというにはあまりに粗末だが・・
今は一番の薬(おまじない)であるように祈りながら

瀕死の
かつて化物と呼ばれていた男
年上の僕の同類

 

 

GARRET OF GARNET (石榴檻) 

 

 

 

死んだ黒蝶の羽のように もはや形をとどめないマントを丁寧にはずし 

その白い肌をまもる黒衣に手をかける

血液は固まりはじめ、衣服の残骸がいくつもの傷口に喰らいついている

かすかに上下する呼吸

彼独特の甘い体温

固く閉じた瞳を縁取る長い睫毛が、夢をみるようにときおりふるえる

クロウリーの意識はまだもどらない

だが、たしかに彼の命はここにある

彼の脈動に勇気をふるいながら、

傷みきった肌を空気に晒し出し、ゆっくりとすべてをとりのぞく

これ以上の苦痛を与えないように

彼がようやく退けた死をこれ以上近付けないように

血はすでに止まっている

彼を愛するイノセンスの力だろうか

あるいは失い過ぎて もはや流れることさえ できないのか

常人ならもう何度も死んでいるところだ

失血になお白く見えるクロウリーの皮膚は、無数の深紅の傷に飾りたてられている

まるで自らの民に憎しまれ、千の刃で突き殺されたかの暴虐の王のように

躯じゅうまきちらしたように 皮膚を裂く紅い花々

その血しぶきはすでに黒くこおって、瑪瑙のようにさざれ

クロウリーの細くひきしまった体を侵蝕し 

馨らな躰位などみあたらないほどに穢している

 

余りの傷の酷さに、僕の眼に涙が溢れる

・・・なんて惨い

僕は、クロウリーとジャスデビとの戦いをみてはいない

けれども彼の傷を見ればその激しさは想像できる、いや

想像をはるかに凌ぐ激しさを感じることができる

それほど傷付きながら、彼は護ってくれたのだ

仲間を

自分を 

 

 

「僕が手当てします!」
神田が背負った男を奪うようにして、アレンは驚くような大きい声で叫んだ。
奏者の部屋に居合わせた仲間達が少し驚いて、アレンを見た。
「でもアレンくんも怪我してるから、私が・・」
リナリーの言葉をねじふせる。
「そんなのみんな同じです。大丈夫、僕がやります、やらせてください。
修行時代は師匠にドツカレっぱなしでしたから、傷の手当ては慣れてます」
納得行かない表情のリナリーに クロス元帥が声をかける。
「馬鹿弟子のやりたいようにさせてやれ。リナリー。
こ汚ねえ男の傷も体も、嫁入り前の娘が見るもんじゃない」
皆を追い出したクロスは去りぎわ低い声でつぶやいた。
「見たような顔だ」
背後で低くうそぶく声に アレン は冷ややかに答える。
「アレイスター クロウリー三世
・・・あなたがイノセンスを預けた男ですよ。師匠」

 

クロウリーの体に唇を這わせ、いくつかの傷に残った鋼の破片を舌と歯でとりのぞく

アナタを死なせなかったのはボク

ラビが遠くの噴水から汲んでくれた清い水で、その体をぬぐい、血を流し落とす

アナタを外に引きずり出したのはボク

師匠から無理矢理譲り受けた小さなひと瓶の酒で、傷をひとつづつ浄める

アナタを戦場に置き去りにしたのはボク

酒に焼かれる激痛に、かすかにクロウリーの肉体がはぜる

アナタの苦しみを感じることができるのはボク

「辛いですか?クロウリー。ごめん。少しだけ、少しだけ我慢して。すぐに終わるから」

アナタが傷みながらも追いつづけるのは・・・ボク

届かぬかも知れない言葉を何度も差し伸べる

アナタの苦しみはすべてボクが・・・・

チャオジーがかき集め、リナリーが丁寧に裂いてくれた布をその体に纏わせる

だからボクは。

 

 

 

「アレンくん・・・もう入ってもいい?」
おずおずと声をかけるリナリーに
アレンは苦労して笑顔を見せた。
「もういいですよ。リナリー 包帯をまくの手伝って」
ほっとした表情で駆け寄るリナリーに最後の布を手渡しながら 気づかれぬように口の血を拭う。
「あとは彼女にまかせてやれ。
病人には美人がつきそうもんだ。お前は箱んなかの偵察でもしてこい」
師匠の言葉にアレンは素直に部屋のドアにむかう。

 

 

苦い血の味が口一杯に残っている

イノセンスに侵された者だけがもっている体液の味

それは世界中にたった二人だけの血の味

ボクとアナタは同類

世界中にたった二人だけの

 

「おい、馬鹿弟子。これで満足か?」
外にでようとした時、師匠が問いかけた。
アレンは真直ぐな眼差しで「はい ありがとうございます」と頭を下げ
踵を返す。
クロウリーの安らかな呼吸を耳に刻みながら

 

 

僕とあなたは同類

二度とおいてはいかない

同じ道を行こう

死が二人を分かつまで

 

 

 

 

 

<END>

2008.7.1