明け方の薄やみの中、ふと目を覚ます
窓の外に見上げる空は、星も月も消え闇もなく
色を持たず
切り取られた夢の中のように、ただ灰色にまぶしく

Graue Landschaft  冬の風景 

瞼を開けると、いまでも 
自分がどこにいるのか時々わからない事がある 
牙をかみ、顔にかかる白い前髪をかきあげ
捕まえ損ねた眠りをさがして 深くため息をつきながら寝返ると
自分の心臓の鼓動が かすかに響いて
ゆっくりと揺れる視界を小さな少年が埋める
苦しみに耐えるかのようにシーツにしがみつき、丸まって眠っている白い髪の少年
たった15歳の守護天使
アレン ウォーカー 
 
少年は体温が伝わるほど 私のすぐ傍で眠っていて 
人の躯のぬくもりに奇妙なほど安堵しながら
彼が自分の初めての仲間である事を思い出す
それから自分もエクソシストであることも
戦いに身を投じた事も
その 理由も

時間をかけて ここが暗く冷たい牢獄の城でない事を理解し
ようやく思い知る 
孤独ではないが「一人」なのだということを
その瞬間、焼けるのではないかと思うほど目頭が熱くなり
静かに世界がにじんでいく
だが 呼吸が止まる事も身が裂ける事もなく
私はまだ生きている
あの人がいなくては 生きていけまいと
あれほど思ったのにもかかわらず

「…大丈夫ですかクロウリー?」
目をさましてしまったのか(あるいは 眠れなかったのか)ごく小さな声で 白い髪の少年が私に問いかける
おかげで私は 一瞬にして過去からこの部屋に戻ってくる事が出来て ようよう苦しい息をつく
かすれた 情けない声しか出てこないことに恥ずかしさを感じながら
ただ、しようがなく 笑う
「だいじょうぶである 少し怖い夢を見ただけである アレンこそ眠れなかったのであるか?」
私の言葉を聞くと、少年は照れくさそうに身を起こして髪をごしごしとこすり 満面の笑顔を返してくれる
「いやあ あはは…僕もさっき目が覚めたばかりです 空が白んでいるのを眺めていたらもう眠れなくなってしまって だからいろいろ考え事をしてました」
少年の顔を眺めるうちに ふと想像する
それは自分でもずいぶんと突飛な空想で…

もしかしたら 昔
少年にも愛する人がいたのではないだろうか
少年も愛する人をこわしたのではないのだろうか
少年も死にたいとおもったのではなかろうか
そうして…理由の為に生きているのではなかろうか
私とおなじように
だって彼がとっさに構築したきれいに優しい笑顔の奥に
その瞳に
灰色の冬が見えるようで…
けれどもそれを問うてはならないような気がして 私はただ微笑み返す
いつかこの少年の口から語られる日があるだろうかと なぜかせつなく想いながら

少年は、窓を見上げ、やさしく話しかけてくれる
「また雪が降りそうですね 今日も寒そうだな 今のうちに少しでも躯をやすめておきましょう もう一眠りしたほうがいいですよクロウリー」
「…え? ああ そうであるな」
彼にいわれるままに 私はふたたび夜具に身を沈め 
窓の外の薄やみを焼き付けながら目を伏せる
そうして
肺が焦げるほどの罪悪感も
身がちぎれるほどの後悔も
痛みも哀しみも
時にうすめられたとて けっして消えはしないのだという事を
唐突に理解する

けれどもその無慈悲な告知によって
私の罪が
刻印が消える事が無いという事に
私はほんの少しだけ
安らぐのだ

その透明な哀しい灰色の風景に見つめられながら

ほんの少し
だけ…-

-ende-2009.6.9