アレイスター

クロウリー
三世
それが私の名前
けれども人は私のその名を呼んではくれない。 

ヤツ
けだもの
人殺し
悪魔
吸血鬼
化物
バ ケ モ ノ !!
それが私の、ナマエ

その名前が 私を千々に引き裂く痛みになる
言葉は目に見えないけれども、私の胸にナイフのように突き刺さる
見えない血が流れ出す
血が冷たく凝って、体にこびりつき
私を本当にヒトデナイものに変えていく。
ゆっくりと、
ゆっくりと。 

 

 

Jabberwocky (ナナシノナマエ)

 

 

「お名前をまだ、お聞きしておりませんわ、吸血鬼さん」
城へ戻る道すがら、麗しい女性はにっこりとわらった。
その美しい声と笑顔を浴びて
さきほどからすでに爆ぜそうになっていた私の心臓が、とうとう口から出そうになる。
よくわからなかった。
何を尋ねたのだろう彼女は?
時間にして数歩、立ち止まり、
私は彼女の顔も見ることが出来ずに、頭の中を懸命にひッかきまわす
つい先ほど出会ったばかりの麗しい天使は
何を尋ねたのだろう?
あさましい姿で彼女を乱暴に押し倒し、泥に穢し、白い首筋に牙を立てて、
その美しい体をきずつけ、眩しい命を奪い取ろうとしたバケモノが何者なのか、だって?
自分でも自分がなんだか分からない私は、なんと名乗ればいいのだろう。
なんと答えれば彼女は満足してくれるのだろう。
「え?あ・・・いや」
頭が真っ白になる。目が廻る。舌がこわばる。汗が体中から吹きだす。
口元がひきつり、懸命にかくしている牙をさらけだす。
こんなときにかぎって立ち向かっているのはごう慢なバケモノではなく、
傷だらけの・・・私

 

 

「・・私は、エリアーデと申します」
私の態度を不快に思うこともなく
ひな菊のように優しい笑顔で、彼女は名前を告げてくれた。

体中に波がさざめく
エリアーデ 
エ リ ア ー デ !!
宝石のような、彼女に相応しい名前。
世界でもっとも美しい詩
その名前が、まるで魔法の言葉のように、痛みをとろかし、傷をあたためてくれる奇跡に私はおどろきながら・・・
おそるおそる、舌にのせ、声にだしてみる。
「エリアーデ・・・」
世界中でもっとも美しい呪文を手にした私の胸に歓喜が灯る。すべての細胞が沸き立つ、体の隅々に至福が宿る。
 その魔法のおかげで、やっと理解する。
彼女が尋ねてくれた謎の答え。
こわばった瘡蓋が、少しだけほどけ、動けるようになった私は、
精一杯背筋をのばして、声にする
何年も使わなかった ことば。
私の・・
「アレイスタ− クロウリー三世 である」
彼女 エリアーデは、
ずっと前から知っていた言葉のように
私の名前を
やさしくかみしめると、苦もなく飲み込んで わらった。
「アレイスター クロウリ− 三世
では、これからはアレイスター様とおよびしますわね
アレイスタ−様」
だからそれが私の標になった。

ヤツ
けだもの
人殺し
悪魔
化物
バケモノ
吸血鬼
吸血鬼!!
それが私の、ナマエ
いまでも

 

 

  

けれどもこれが
本当の私の名前

いつの日か身にまとう本当の名前

アレイスター

クロウリー
三世

あのときエリアーデがきめてくれた
生涯ただひとつの・・・

 

 

<ENDE>2008.7.02

2008.8.12誤字修正