自分がバケモノであること。

一度目は思わなかったコト
これからも思うべきではないコト
そして、今も躊躇するべき時ではない
ただひたすら、すすり、喉へと流し込む
音を立てて飲み込み、躯の奥へと落とす
大切な者の暖かい血を 
血を 吸う

今は救うために


Re-barpthze  ー再洗礼ー



甘美なアクマのオイルが、舌をとろかすような歓喜にかわる。
からだが隅々まで熱を持ち、傷を受けた四肢に新たな力を注まれる。
同時に、
懐かしく忌まわしき「人の血」の香りが私を不快にさせる。
どんな人間も一度は味わったことのある「自分」と同じ味
さびた鉄の香り。
塩辛く、それでいて不愉快なほど苦々しい、神の子の酒。

禁忌の味。

それでも、途中でやめる訳にはいかない。
私は、自身を追い立てるように、ほとんど生臭く不味い最後のひとしずくを無理矢理飲み下した。
若々しく張りのある首筋に深く突き立てた牙をそっとひきはがし、私はようやく深い息をつく。
かかえ上げ、抱きすくめていた赤毛の少年を慎重に荒れ地におろして横たえる。少年の呼吸は荒く、その胸は苦しそうに波打っていた。

「小僧!しっかりしろ」

私は、声をかけながら、ラビの受けた傷を確かめるため上着を開く。
アクマの血弾を受けた場所は、一カ所だけだ。
既にアクマのウィルスは自分がすべて吸い尽くした。毒によるダメージはほとんどないはずだと、自分に言い聞かす。
外傷の数は少ないが、右肩も脱臼しているらしい。足首も不自然にねじれている、軽く見積もっても足首の軟骨の剥離を起こしているだろう。今、自分の足で歩くのは不可能だ。

そして・・・もう一カ所。

ラビの左肩には深々と槍状の刺が突き刺さっていた。
レベル2の放った鋭い刺だ。幸いそれ自体に毒はなかったが、逆鱗がたち、おいそれと抜けるような優しい代物ではなかった。痛みからくる筋収縮で傷がしまって、出血はほとんどないが・・・
場所が悪い。
心臓も肺も外れているが、ひどく近い。

「・・まずいな」

思わず口にした言葉に、半ば意識を失いかけていた少年は、片方だけの薄目をあけてクスクスと笑った。
「なにがおかしい」
「また、クロちゃんに噛まれちゃったさー」
「悪かったな。朽ちる方がよかったか?」
「なわけないじゃん。けど、ひどいさ。俺の血そんなにまずい?」
「そういう意味じゃない」
「へへ、わかってるさ・・残りのアクマは?」
「もう片付いた」
「ちぇ、やっぱクロちゃん強いわ」
「お前が弱すぎるだけだ。・・しっかりしろ」
「大丈夫。たいしたことないっ・・・・ていいたいけど嘘、けっこうヤバイかも?」
このコナマイキな子供は、自分の体に起きている事態をかなり冷静に把握しているようだった。私の助けを借りて、ゆっくりと身をおこし、浅い呼吸をしぼるようにはき落とし、自身の傷を覗き込む。
「あ、はは。こりゃ、でかいトゲ刺しちまったさ。ちょいと抜くって訳にゃいかねえかもな。・・無理に抜いたら大出血で失血死ってところかな。下手に動いて大動脈とか傷つけても、その場であの世いき?まいったさ」
ラビは他人事のように傷を見下ろしながら食いしばって笑った。

「痛くないか?」
「イエイエ、すっげええ、痛いですけど・・・」
ラビはわざと半泣きで言った。冗談を言えば言うほど負傷が深刻だという事実を突きつけられる。


装備型は不利だ。
たとえどんなに体を鍛えても、強い武器を操ることができても、たった一度ダメージを受けるだけで致命傷になる。
だからアクマの数が多ければ多いほど、攻撃は甘くなり、防御に力を入れることになる。戦闘に時間がかかれば、敵に居所を知られる確率が高くなり、敵はさらに増える。
アクマはいくらでもいる。壊しても壊しても・・・・
今はなるべく早くこの場を移動すべきだ。グズグスしていれば新手が現れる。

だが、ラビには自力での移動は無理だ。大鎚を握る力さえ、もはや残っていないだろう。
抱えて走りつづけるのはまったく容易いが、移動のショックに耐えられるだろうか?
この少年の生身の体は。


ラビは私の考えを察したのか、にこりと笑った。
「クロちゃん」
「なんだ」
「まかす。大丈夫さ。俺、頑丈だし」
「・・・」
「それでクロちゃんを泣かすようなひどいマネは絶対しない。けど、とりあえず先に、言わしてほしいんさ」
「・・・」
「サンキュー」
「・・・・たわけ」
私は不機嫌に吐き捨てると、少年の肩に生えた刺をつかんだ。

拳に力をこめ、バキバキと根元から砕き折る。
これでこの異物を切開手術以外で抜くことはできなくなるが、振動で刺が動いて心臓を傷つけてしまう危険度は減らせる。
確実ではないが・・
私はラビの体をそっと抱えあげた。
それだけで、激痛がはしり、少年の体がこわばるのがわかる。
「ぐっ・・クロちゃあん・・なるべく・・・優しくしてほしいさ」
「ギリギリやってる」
私のほうには冗談を返すゆとりはない。少年の体を両腕で支え、水平を保ちながらしっかりと抱え込む。

この 不死に近い体で抱きかかえるとき、一つの命の重さのなんと軽いことか。
少年だったころ、城内の庭で、傷ついた小鳥を手にしたことをふいに思い出す。
不確かなほどに淡い命。次第に冷たくなっていったその小さな器。
その軽さは、何もできなかった自分の無力を責めた。
大切な者を失う瞬間の絶望が皮膚に呼び覚まされ、彼女をも思い出させる。
どうしても抱き留めることのできなかった愛しい女性の体・・・
こぼれ落ちる

灰のように・・

私はブルっと頭をふり、怖気を振り払った。
弱気は性分ではない。
すくなくとも今の私は、ヒトではないのだから。
私はその命を失わぬように、必死で抱きかかえた。
「いくぞ。ラビ!・・・・死ぬなよ」
「ああ」
ーどうか死なないでくれ!!ー


人を殺すための毒の血を糧に、体細胞を沸き立たせ
今在る能力すべてを発動させることに専念する。
ヒトでない力を奮い起こす。
夕闇の訪れのように素早く。

私は、疾走する。


バケモノであることを受け入れる。

大切な者を守るために。
二度と失わないために。
それだけが 今、私にできるコト。



<ENDE>2008.11.1