雨がふる
冷たい雨がふる
冷たい雨がふってくる
町までは、あと何マイル?
もう少し、あとすこし
私は、まだ歩き続ける
私よりずうっと小さな者達と

小さい頃
雨がふるのがうれしかった。
重い如雨露をかかえて、庭の花々を回らずにすんだから…
でも今は
世界で一番美しい薔薇を散らしてしまった今は
雨は…心に苦く 冷たく…




ROSE RAIN -そぼ降る薔薇-  ver.09




っ……くしゅん
雨の中で、可愛いくしゃみの音がした。
そぼぬれて歩く少年達がいっせいに振り返る。
「だ、大丈夫ですか?リナリー。いけない、顔が少し紅いですよ!風邪ひいたのかも」
「急な雨だもんな。寒くねえか?ジジイのいる宿までもうすぐさ」
皆に声をかけられた少女は、いよいよ顔を赤くすると大慌てで手を振り回し、否定した。
「ち、違うの!平気だから!あ、あのね…ちょっと髪の毛が濡れて、顔にかかっちゃって、くすぐったくて、それでかな。寒くないし大丈夫だから」
少女が懸命に言い訳を述べている間にも、紅い髪のラビはコートを脱ぎ、少女にかぶせようとするし、白い髪のアレンはかわいたハンカチはなかったか、上着のあちこち探っている。
のりおくれた私は、自分の白く長い前髪から雫を滴らせ
何とも不思議な気分でただ突っ立っている。

 

少女と、少年たち。
当たり前のようにお互いを気遣い、かばい合っている
出会ってまだ間もない 私の初めての仲間たち。
彼らが強い事は、知っている
とてもとても…私よりずうっと強いことを私は知っているが、
でも
目の前に居るのは私よりうんと小さな
少年たちと、少女。

 

この感情はなんと言うのだろう。
暖かくて、そわそわして…
ツボミを付けたばかりの薔薇に水をやる時のような
地面に落ちてしまったツグミのヒナを巣に戻してやる時のような
少し、ヒリヒリするような心持ちなのだけれど…
こんなときはどうすればいいのだろうか、と困惑するうち
胸の奥で
美しい薔薇が、ふるんと揺れたような気がして
私は小さく息をのむ。

 

いつもどおりでいいですわ
いつもどおり
優しいアレイスター様で…

 

次の瞬間
私は、すでに大きな漆黒のマントを翻し…
気がつくと 子供達をすべて腕の中に引き込んでいる。
まるでヒナを抱えた大鴉のように
「クロウリー?」
「ちょ、クロちゃん!?」
「びっくりした。ど、どうしたんですかクロウリー」
自分でも驚きながら、両腕の下の子供らの存在を確かめれば
マントの中で、もぞもぞともがき、やたらにくすぐったい。
くすぐったくて
…あたたかくて…
ヒトノアタタカサ
まふっとマントの下から顔を出した3人は、少し驚いたように私を見上げた。
コトリのような目に見入られ、私の口からは うわずった声が勝手にほとばしる。
   …ゾクリ…と一瞬、背中が冷やつく。
「いやその、み、みんなビ…びしょぬれてある、から…このまま歩…」
私が、非難されるだろうかと身を削ぐ間もなく笑顔がはじけ、
一瞬の恐怖がすぐに吹き飛ばされる。
「わあ、クロウリーのマントの下って暖かいね!」
笑顔…
「ぷはあ。ナイスアイディアさ。このままみんなで固まってけば寒くないさ。雨も防げるし」
笑顔笑顔!
「ありがとうクロウリー!すごくあったかいです。それになんだか安心ですね!」
「安心、であるか?」
哭きたいぐらいに
『ええ(うん)(さ)!!』
私は耳まで紅くなっているにちがいない。
そうか…
これが守るってこと、である。エリアーデ
胸の奥で
一輪の薔薇がかすかに揺れる。
雨に濡れて
まるで
笑うように

「ああっ!でもこれじゃクロウリーだけ濡れてしまいますよ」
アレンが深刻な顔で私を見上げた。
私は
「大丈夫である」
と胸を張って呟いた。
「私も ちゃあんと守られているであるから」
いつの間にか私の頭上には、アレンの金色のゴーレムが、ポテンと座り込んでいた。
傘のように羽根を広げて…

 

雨がふる
冷たい雨がふる
冷たい雨がふってくる
町までは、あと何マイル?
もう少し、あとすこし
私は、まだ歩き続ける
私よりずうっと小さな者達と
 
守り、守られて…。




Thanks!-2009.6/15