日没がすっかり早くなった。
肌寒いが、乾いた空気が心地よく芳しいこの季節。
燃えるように紅く染まった楓の生い茂る公園の小さなベンチに、ひときわ長身のエクソシストが、ぽんと腰を下ろした。白と黒にくっきりとわかれたユニークな髪色の持ち主。遠目には顔色が悪く痩せていてどことなく陰鬱そうだが、よく見るとみるからに育ちの良さそうで、ひとなつっこく穏やかな眼差しの青年。
この街での任務をすませたアレイスタークロウリー三世は、アレン達との待ち合わせの場所に少し早くたどり着いていた。
彼らと合流すれば、あとは遠いロンドンまでの移動も方舟のおかげで一瞬で出来る。教団本部の夕食に遅刻しなくてもすみそうだ。
何しろ今夜は特別な夜だった。
ロンドンから遠いこの街でもそれは同じことらしい。夕暮れの公園にはオレンジ色のランタンがいくつもつるされて、なんだか妖しくも幻想的な雰囲気だった。
死んだ人の魂や化け物が現世にやってくるという夜。
ハロウィーンの夜だ。

 

 

Shout Scream Scary <halloween2009>

 

 

 

さて教団本部では今年も夕食を兼ねたハロウィンパーティが在るらしい。団員達が様々なコスチュームに仮装してキャンディやプレゼントをもらったりゲームをしたり、ダンスをしたりするのだそうだ。
別にホリデー(神を祝う祭り)ではないが、死と背中合わせの彼らにとっては特別な安息日。彼もその話を聞いて楽しみにしていた。
ベンチに深く腰を下ろして背筋をしゃんと伸ばしたクロウリーは公園の時計台の文字盤を見て、ほっと安堵のため息をついた。
「この調子なら、間に合いそうであるな。よかった」
と、
ふと気がつくと、目の前にシーツを被った小さなお化けが立っていた。
クロウリーの顔を見上げて無邪気にいった。
「おじさんのそれ、吸血鬼?」
団服の上に羽織っていた黒いマントを自分自身で一瞬見下ろしたクロウリーは、かつて浴び続けていたその言葉にさほど傷つくでもない自分に驚きながら、笑顔でかぶりをふった。
「いや…そうではないである。私を吸血鬼とよんでいいのは…」
「マントかっこいい」
「牙すげえ」
「本物みたいだね。おじさん」
「いや、ええと、だからおじさんでもないので」
気がつけば小さなお化けがわらわらと集まっていた。
いやいや、お化けだけじゃない。
キラキラの羽根をもった妖精や、黒猫や、かわいらしい片目の海賊もいる。
オンボロピエロの衣装をつけた少年が
「なにしてるの?こんなところで」 と言った
「友達、いないの?」
シーツのお化けがおそるおそる尋ねた。
「え。と。いや、そういう訳でも…」
「一人じゃ盛り上がらないぜ?」
「お菓子もいただきづらいよ、なあ?」
意味がわからず見下ろせば、クロウリーはすっかり小さな化け物の扮装をした子供たちに取り囲まれていた。
「かっこわる〜。いい大人が迷子か?」
バンダナを頭に巻いた海賊は木の刀を振りかざしてうそぶいた。その様子が何ともかわいらしくて、クロウリーはただ、ニコニコと見回す。
「失礼よ、たぶんグループからはぐれちゃったんでしょう?ね、吸血鬼さん」
黒猫の耳をつけた少女が、クロウリーを庇う。
「まあ、気の毒に。ハロウインなのにこんなところに独りですわってるなんてねえ」 とんがり帽子の魔女が猫に賛同する。ちいさくても女の子はおしゃまだ。
「しかたねえ。仲間にくわえてやってもいいぜ」
小鬼の格好をした少年が腰に手を当てて胸を張った。
「行列も派手になれば『せんりひん』も増えるからな。お前みたいな吸血鬼なら大歓迎だ。一緒にこいよ」
小さなお化け達が、一斉にクロウリーを見守る。
「大丈夫。『せんりひんはびょうどうに山分け』ですよ」
ピエロがしごく真面目な顔で付け加えた。
「いや、私は…」と言いかけたクロウリーはふと公園の時計を見つめた。
まだ時間があるな…。
と思い直し、その考えに驚いた。それは好奇心だろうか、気まぐれだろうか、この、子供っぽいワクワク感は。
きっと…それだけじゃない。と大人の思慮で思い直す。
いくらハロウィンの夜とはいえ、こんな小さな子供達ばかりの夜歩きは心配だし。 様子が分かるまで、…ほんのちょっとだけ。 ほんの少しの使命感と、たくさんの好奇心にかられたエクソシストは
「じゃあ、ちょっとの間だけお願いするである」
とベンチから立ち上がり、さっそうとマントをひるがえした。



「Trick or treatーおごってくれなきゃ悪さをするぞー」
カボチャの飾ってある家々のドアを叩き、一斉に叫ぶ。
そうするとドアが開いて、にこやかな笑顔が化け物達を迎えてくれる。 そうしてめいめいがもっている袋やカゴにお菓子が放り込まれていく。
チョコにキャンディ、ヌガーにタフィに…
クロウリーの前でその手が止まった。
「まあ、大きな吸血鬼さんね」
クロウリーは真っ赤になった。
「え?いや、そうではなくて」
玄関先のにこやかな笑顔がひときわ大きく輝くと、クロウリーの手に大きなロリーポップがわたされ、小さな声で付け加える。
「付き添いご苦労様。お父さん」
パタン。
穏やかに閉じる扉。
じんわりとロリーポップが暖かく、光って見えた
「よし!次だ」
子供達は軽やかに駆け出した。
「ホラ早くしないと、おいてくぞ吸血鬼」
「う、でもなんか…複雑な気分なのはどうしてであるか」
少々傷つきながらも、照れくさくクロウリーは歩き出す。
しかし、吸血鬼と呼ばれたことに、ではなく。
お父さんと呼ばれたことにショックを受けたということには気がつかずに。
街の辻々にはひも付きのランプがつるされ、家々の玄関にはジャッコランタンが飾られて明るく輝いていた。

 

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