星空のようなピカピカの街を子供達が、家々をねり歩きながら歌をうたう。

  夜空に月がかがやけば
  墓場で小鬼が踊り出す
  狼達の遠吠えが
  箒で空飛ぶ魔女を呼ぶ
  叫べ怖がれ悲鳴をあげろ
  ハロウィンがきたぞ
  幽霊達も見え隠れ
  おどろな月にてらされて
  青白い顔、かがやかす
  ガイコツたちもカラ笑い
  叫べ怖がれ悲鳴をあげろ
  ハロウィンがきたぞ(Unknown-shout scream scary-)

「お前もちゃんと歌えよ、チームなんだからな」
小鬼が、マントを引っ張りながら注意する。
「あ…はいである」
小さな化け物の行列の一番最後をついて歩く長身の吸血鬼は恥ずかしそうにぼそぼそと歌をまねする。
「ダメダメ。もっと大きな声でさ『叫べ怖がれ悲鳴をあげろ!』ほれ」 海賊が、お手本を見せてくれる。クロウリーはヤケっぱちで大声を上げた
「さ、叫べ怖がれ悲鳴をあげろ!ハロウィーンがやってきたぞ?」
「そうそう、その調子」
思い切って顔を上に向けて声を出せば、夜空には金色の三日月が引っかかっているのが見えた。
かなり楽しい。
が…
「やっぱり相当恥ずかしい、であるな」
「なにいってるんですか、真面目にやらなきゃだめです。何しろお菓子がかかってるんですから」
小さなピエロに真剣に説教されながら
『なんだかアレンのようである』とクロウリーは思った。
そういえば、あの陽気な片目の海賊はラビ。
魔女はミランダみたいにシャイでおしとやかだ。
黒猫ちゃんは、笑顔の可愛いリナリーのようであるな。
ぶっきらぼうだが、わりと親切なあの小鬼は…
「ぷ。神田であるかな?」
練り歩く子供達の後ろ姿を見ながらクロウリーがぼんやり考えていると、行列は大きな屋敷の前にたどり着いた。急に子供達が歌をやめ、声を潜める。
「シー、しずかにな。吸血鬼」
「どうしたんであるか?」
「ここん家はヤベえ。ほんとのお化け屋敷なんだ」
「お化け屋敷?」
「幽霊おじさんの家なんだぜ」
「違うよ。気違い博士の研究室だよ」
「あら、あたしは人食い鬼のお家だって聞いた」
「本当であるか?誰か確かめたのであるか?」
子供達は一斉に首を横に振る。
「う、噂だけどさ。とにかくここはパスしようぜ」
クロウリーは、その長身で垣根越しに屋敷を覗き込んだ。とても古くて荒れているが庭は手入れされ、ちゃんと人がすんでいるらしい。おまけに、玄関には明るいカボチャの提灯が飾ってあって、窓の奥には…。

寄生型エクソシストのクロウリーの目には、よく見えた。
部屋のテーブルに、お菓子がちゃんと山盛りに用意されているのが…。
寂し気な老人が、揺り椅子に揺られてつまらなそうに座っているのも。
クロウリーはほんの少し寂しく微笑んで、門に手をかけた。
「…きっと大丈夫である」
「お、オイ。吸血鬼!」
おびえる子供達を背に、キイと錆びた音をたてて門を開け、段を上ってドアの前に立つ。
「一人で大丈夫?」
真下で声がして驚いて見下ろすと、最初に声をかけてきた一番小さなシーツお化けだけがすく傍らに居た。
「ああ大丈夫。いくであるよ」
大きく息を吸う。
『Trick or treat!Trick or treat!おごってくれなきゃ悪さをするぞ』
長い時間が過ぎて…
ギコと扉が開いた。
怖そうで気難しそうで目の落窪んで痩せた老人が、ドアの前に立っている。
御祖父様より、ブックマンより気難しそうな老人だ。
彼は小さなシーツお化けを見下ろし、それからクロウリーの顔を見上げた。
「…お化けが何の用事かの」
「あ…の、どうもすみませんである」
クロウリーが失礼を詫びようと言いかけた時
「…Trick or treat」
小さな声でシーツお化けが呟いた。
老人は、ふんと鼻をならし、部屋に引っ込んでしまった。
と思うや
すぐ戻ってくると手に一杯のお菓子を抱えて、どっさりとクロウリー達に手渡した。
「今年も誰もこないのかと、がっかりしておったところじゃ。さあ、どんどんもってお行き、お化けたち。まだまだお菓子はたんとある」
庭のはじっこで様子をうかがっていた一行がわっと集まってくる。
「すっげえ、大盤振る舞いじゃん」
「美味しそう、きれい」
「ありがとうおじいさん。ハッピーハロウィン」
「ハッピーハロウィン!おじいちゃん」
「よし大サービスに歌うぞ」
小鬼の号令で、一斉に歌い始める。

  トリッカトリート
  トリッカトリート
  ヒーハー、叫べ黒猫三匹
  黒い帽子に黒いマント
  ビールの樽で溺れ死ね
  幽霊、ゴブリン、魔女たちも
  いっちょ騒ぎを起こそうぜ
  ハロウィーンハロウィーンの日!
  オイラは亡霊、お墓に住んでいる
  今夜は自由に騒ごうぜ
  誰にも邪魔はさせないぜ (Jane Doe-Halloween Day-)

老人は嬉しそうにニコニコしながらクロウリーに言った。
「子供が庭を駆け回るのは、孫が死んで以来じゃよ…」
「え…?」
「ありがとう。吸血鬼のパパさん。ハッピーハロウィン」
クロウリーは、にこりと微笑み、ただ
「ハッピーハロウィーン」と会釈した。


街を一巡し、公園に戻ったクロウリーの両腕には、山盛りに一杯のお菓子が乗っかっていた。子供達も一杯になった袋やカゴをお互いに見せながら、笑ったりはしゃいで転げたりしている。
早くも口一杯にお菓子を詰め込んでいるものもあった。
「あんたのお陰で、今年は大猟だったぜ。ありがとうな」
「こちらこそ楽しかったである」
「もう迷子にならないでくださいね」
「じゃあな。気をつけてかえれよ吸血鬼のおじさん」
「だから、違うと……(まあ、いいか)」
「おやすみなさい」
「気をつけてかえるのであるよ!」
『はあ〜〜い』
小さな化け物達は、小さな手を振り、それぞれの家に向かって走っていった。

最後に、あの小さなシーツお化けの子がもじもじしながら残った。
「ん。どうしたであるか?早く家に帰るである」
「大丈夫。それよりね、お礼を言いたくて」
「お礼?」
「ありがとう。おじいちゃんの家によってくれて。おじいちゃん嬉しそうだった」
「え?」
「だから、お菓子はお礼にあげるね。どうもありがとう」
ふい、とその姿が、消えた。
「あ…」
目の前には、お菓子が山盛りに入った紙袋だけが、残った。
ー子供が庭を駆け回るのは、孫が死んで以来じゃよ
老人の笑顔を思いだしながら、クロウリーはお菓子を拾い上げる。
「こちらこそ。ほんとうに楽しかったである」


宵を告げる鐘が遠くから響いた。
待ち合わせの時間だ。
「クロウリー!」
「クロちゃああん」
「ラビ、アレン」
アレンとラビが、姿を見せて大きく手を振った。
息を切らせて走ってくると、時計台を見上げた。
「よかった〜時間ちょうどさ!このままならパーティ間に合うぜ?」
「そうですね、急ぎましょう」
と、いいかけたアレンの目に山盛りのお菓子が映った。
「あれ?!どうしたんですかそのお菓子!」
「うわ、すっげえ、山盛り一杯じゃん?」
「これ、であるか?」

クロウリーは笑った。
カラカラとセロファンをはがしてキャンディを二人に分けてやり、自分もポンと口に放り込むと、得意そうに言った。
「今夜の『せんりひん』である」


ーEnde-ー2009.10.27