そんなに辛いなら
エクソシストになればいい
・・・陽の光のように真直ぐな眼差しで、あの少年はいった。
理由の為に生きればいい と。

だから私はエクソシストになった。
そうして
今も生きている。
彼はもう、いないというのに。 

 

 

 PhantAsuMagoRia  (嵐夜儚らんやむ

 

 

・・・・・・遠くで誰ががよんでいる。
泣きながら、くるしみながら
白髪の少年が叫んでいる

 

どうして僕は!?こんなところで・・・
僕はどうしてもみんなのところに・・
・・・リー
ロウリー!!
クロウリー!!!

 

 

『ァレン!』
自らの叫び声で、アレイスター クロウリーは眼をさました。
白い髪の少年の姿は消え、目の前に、白い雪が嵐のようにふりそそぐ。
いや、違った。
雪と見間違うたのは、花の嵐だ。
桜の舞い落ちる花吹雪が、静かにクロウリーの頭上に降りもっている・・・・

前髪の花びらをそっと落とし、ぼんやりと、周囲を見渡す。

明け方、弦月がすでに西に傾き、星明かりをつれて消えていこうとする時刻。
クロス部隊の仲間と船員の生き残り達わずか数名が、疲れきって固まるように横になっている。
クロウリーはようやく思い出した。
自分達は、レベル3のアクマたちの攻撃を避けた樹海の風穴で、少しの間、仮眠をとっていたのだった。
いまは伊豆から上陸した江戸への道行き、死を.賭した旅のさなか。
重苦しい城の奥で、柩のような沈黙にみたされていたころは、想像もつかなかった壮絶な旅。
自分の故郷を出て数カ月でしかないのに、もう・・ずいぶん昔の気がする。


自分のすぐ傍らに、まだ幼い表情さえ残る黒髪の少女が眠っていた。
クロウリーが外の世界に出てから3番目に触れた人、リナリー・リーは、うすっぺらなフードを掴むようにくるまっていた。
春とはいえ、明けの冷え込みはまだ強い。
寒いのだろうか、あるいは恐い夢でもみているのだろうか。
リナリーは眠ってなお不安そうな表情を浮かべ、そのまなじりには涙さえ浮かんでいるようにみえた。
クロウリーは、自分のマントをはずすと、傍らで横になっているリナリーにそっとかけてやる。
少女の面差しがほんの少し和らぎ、なにかをつぶやく。
「・・・・ァレン・・くん」
はっとする。
夢の中で叫んでいた少年の白い髪がフラッシュバックし、自分も思わずその名を口にする。
「・・アレン」
涙があふれそうになる。
そうだ。
今まで、自分はアレンの夢を見ていたのだ。

闇の中から、自分を引きずり出した少年。
バケモノという呼び名を引き剥がし、かわりにエクソシストという名を与えてくれた友。
自分と同じく神に愛(のろわ)れ、ともに宿業を歩んでいくはずだった同類。
この数カ月
クロウリーは生まれたばかりのヒナのように、懸命に少年の後ろを追ってきた。
10才以上も年下の彼に『外の世界』を教えられた。
・・・大陸の東の終わりの別れ。
彼が生きているのかどうかさえわからないが、これだけはわかっている。
もう、アレン ウォーカーという少年と共に歩むことは出来ないのだ。
だから、
もう、悲しむまい。ふりかえるまい。
彼が守ろうとしたものを護り、前へ進もう・・・・・と
何度も心に戒めたはずだった。
それなのに・・・夢にみる。
何度も何度も。

「どうしたっちょ?」
あかるくお侠な声がした。
振り返ると、改造アクマのちょめ助が、人の形のまま桜の花を浴びてこちらを見ていた。
慌てて、親指で目頭を払い、眼に溢れかけていた涙を拭いとって、ごまかす。
「ちょめ助は、眠ってなかったのであるか?」
ちょめ助が、ふふっとわらった。
「オイラ気をゆるめるとヤバいんだっちょ。それに、みんなが眠ったら何かあったときに困るっちょ」
「・・・そうであるな」
ちょめ助の屈託のない笑顔に心を癒されながら、自分も笑う。
この人情味のある娘がアクマとは奇妙なものだ。
いや、むしろ魂からむりやり情(なさけ)を奪いとっているのがアクマなのか。クロス マリアンが施した術は、伯爵に囚われた彼らに 本来の人の情をとりもどさせるのかもしれない。
・・・・このアクマの娘を見ると、どうしても思い出す。
エリアーデを。
自分を殺してでもそばにおきたいと願ってくれた想い人。
命をくれてやってもいいとさえ思った美しい女性(アクマ)
その名前を想うたびに、クロウリーの胸は甘い傷みと苦い悲しみにみたされる。
エリアーデを夢に見るたびに、クロウリーは無声慟哭する。
閉ざされた輪の、先のない夢で、もがいているのはいつも自分だ。

だが・・・アレンの夢はどこか肌触りが違う。
クロウリーはその苦しみの輪のなかにいない。
むしろ彼とまみえることが、なつかしく、温かい。
石壁を叩き、もがき苦しみながら叫んでいたのはアレンだというのに。
たしかに、それは左腕を失ったアレンだというのに
あれは、ゆめなのだろうか。

ふと、ちょめ助にたずねてみる。
「・・・アクマも、眠ると夢をみたりするであるか?」
「へ?」
突然聞かれたちょめ助が、それには答えず聞き返す。
「いきなり、なんだっちょ?あ・・さては恐い夢でもみたっちょか?」
自分にもふりそそぐ桜の花びらを眺めながら、クロウリーはつぶいた
「恐くはないが・・
なんどもなんども、同じ夢を見るのである。別れた友の・・」

うーん、とちょめ助は真摯にうけとめ、真面目に腕をくんだ。
「友ってマリアンの弟子っちょ?・・・えと、アレン・・だっけ」
「・・・そうである」
友の名前がちょめ助の口からでることが、少し嬉しい。
ちょめ助は、何か思い出すように唇をとがらせたが、やがてにんまりした。
「もしかしたらアレンが、あんたの事を想ってるのかもしれないっちょ」
え?
クロウリーが聞き返すと、ちょめ助は得意げに言う。
「日本の昔の古い古い詩に そんなふうにうたわれてるんだっちょ
彼女は、魔法の言葉を唱うような独特の節で、言葉を吟じた。

-あさがみの おもいみだれて かくばかり なねがこうれぞ ゆめにみえける-

不思議な音の羅列が耳に心地よく、クロウリーは少し肌がざわめいた。
「・・・・どういう意味の詩なのであるか?」
「んんー・・ちょ。
簡単にいえば、誰かが自分を強く想ってくれるから、その想いが自分の夢の人物になってあらわれたって、いう詩なんだっちょ。
あんたが夢に見るってことは、きっと今、アレンがあんた達の事を想ってくれているんだっちょ」
クロウリーは、不思議な感覚に立ちすくんだ。
「今・・・アレンが私達の事を想って?・・・今?」
ちょめ助はうなずいた。

・・・ぼくはかならずみんなのところへ!!!

胸が熱くなる。
「アレンは・・生きているであるか?今も私達を想って、いつか私達の処へ戻る事をおもっているのであろうか?」
「だから、あくまでも詩の話だっちょ。ほんとうにそうかどうかは、それはオイラにはわからないっちょ。
・・・でも日本では、夢は誰かの夢と繋がっているって、昔からいわれてる。
ここは日本なんだから、そう信じてみるのもいいんじゃないかって、オイラ思うっちょ。
しょせん夢はただの儚。
でも夢は心のお告げ。
信じるか信じないかは、あんた次第っちょが・・・」

 

 

信じたい・・
だって、信じることだけ、それだけが自分達の力だ。
信じなければ・・・
生きて抜けられる確率の低い絶望的な戦いの中で。
前に進むことだけが、アレンへとつながる希望だ。
そうだ。
アレンはきっと、きっと戻ってくる。
そう信じて、胸をはって前を向きたい。
彼を真正面から迎えるために。

クロウリーは穏やかに呟いた。
「・・・信じるである」
傍らのマントがもぞ、と動いた。
愛らしい声と深いため息が聞こえる。
『ん・・・クロウリー・・?』
リナリーが眼をさました。
「すまない、リナリー。おこしてしまったであるか」
リナリーはクロウリーのマントにくるまっていることに気がつくと、ありがとうと言い、微笑んだ
「・・・ちがうの・・夢をね、みたの。
・・・アレンくんがね・・みんなの名前を呼んでた・・・」
「な?っちょ」
ちょめ助が、にやりと笑った。
 

 

そんなに辛いなら
エクソシストになればいい と、あの少年はいった。
だから私はエクソシストになった。
そうして
今も生き続ける。
決して死ぬまい。
彼に再び会いまみえるために。

 

 

クロウリーは一瞬真顔になり、そして優しい声でリナリーに言った。
「きっとそれは・・正夢である」

信じよう。
笑って迎えるために。
そう、涙でなく、笑顔で。

<END>

2008.6.26