包みをあけると、黒い布がみえた。
ラビが脇から首をつっこむ。
「あれ、これってもしかして・・?
クロちゃん。はやく出して出して」
「コラ!ラビ、クロウリーが困ってるでしょう」
「そうですよラビ、行儀悪いですよ!」
仲間達の騒ぎっぷりをよそに、クロウリーはそっと布に触ってみた。
つややかでしなやかな布は、今まで触れたことのない感触の素材だった。黒い布の端に、アレンのとおなじ銀色のボタンがぬいとられているのが、みえた。
「これは・・」
すこし心臓がどきどきしはじめたが、勇気をふるって両手で持ち上げてみる。
布はさらりと包み紙の中から溢れでて、心地よい重さを伝えながら、まるで大きな翼のように広がり、クロウリーの背丈にちょうど良い大きさになった。
「うわあ」「素敵」「すげえ」

それはジャケットでも、ロングコートでもなかった。
「・・・マントである」
クロウリーは呆然と呟いた。
自分はエクソシストになったのだから、いずれアレン達のように団服を着ることになる。・・・とはわかっていたが、なんだかピンとこなかった。
ラビやリナリーのような体にぴったりとしたジャケットを着るのだろうか、と思ってみたが、うまく想像できなかった。
しかし、
まさか着慣れたマントを身に纏うことになるなんて、全く予想もしていなかった。
しかし、そのマントの左肩には、ちゃんと銀色の縫い取られたローズクロスが輝いている。
エクソシストとして生きると決めた、その証が・・・
嬉しいのか切ないのか、よく分からないが、
なんだか胸が一杯になった。
「すごく、イイじゃないですか、クロウリー!」
「ねえクロウリー、早く着替えてみて?」
「あれ?クロちゃん・・?わ、なな、泣かなくてもいいさ」
「うぁあ、鼻水がせっかくのマントについちゃいますよ!!」
涙のむこうに、皆の笑顔がみえた。

 

 

 

食堂の片隅で、ジョニーはスケッチブックをにらみつづけていた。
「うーん。駄目だ。なんだか、違和感があるなあ。なんだろう」
彼はここ数日、ぶつぶつと呟いては練りゴムでスケッチを消し、消しては描き直すを繰り返していた。

「あれー。ジョニーこんなとこでなにしてんの?」
テーブルの裏から這い上がるような声がした。
珍しく食堂に姿をあらわしたコムイが、テーブルの下からひっそりとジョニーの前に顔を出した。また執務室から逃げてきたらしい。
「ああ。クロウリーの団服のデザインだね?ドレドレ・・コンセプトは・・?」
「あ!まだ、その・・・」
コムイは。膝を抱えて、床に体育座りのまま手をのばし、さっとスケッチブックを取り上げ、一瞥した。
「おお、吸血鬼っぽい。
ふむふむ。
なるほどね。アクマの血を吸うことで超人化する彼なら、コレもありかな」
「・・・はい」ジョニーは気が重そうに説明を加える。
「イノセンスによって肉体が強化されるということなので、ダメージ吸収素材中心のボディコンシャツなスーツやジャケットにこだわる必要は無いかと思うんです。普段から彼が着慣れているというし、いっそマントにしちゃおうかなと」
「ふむふむ、面白いかもね」
持ち歩いているコーヒーをすすりながらコムイはぶんぶんうなずいた。その様子に少しだけジョニーのノリが良くなる。
ジョニーは話をしながらさらさらとラフスケッチを描き加えはじめた。
「で、超白兵戦型の彼が苦手となるだろう『遠距離からの攻撃』を跳ねかえせる素材でマントをつくれば、攻撃を防ぐ楯代わりなんかにもなるんじゃないかと・・・
形はマントだけど、戦いやすいように、巻きはフルラウンドにしないで、まん中であわせるように、こう、ですね。そうすれは腕も動かしやすいし。
で、ショルダーにアシンメトリーのショートケープをつけて、ここにローズクロスをいれれば超かっこいいんじゃないかな!!と
・・・あの、わかります?」
「あー・・・・わかるよ。うん。なるほど」
コムイは少しうわついたにおいの返事をした。
「ただその・・」
とジョニーの顔が曇った。
「エリをどうしようかなって、ずっと悩んでいるんです。
肩の団章のバランスだと・・・・ここは吸血鬼っぽくエリをたてるのは変かなとか、でも立てないとカッコ悪いのかな、とか。それに、そもそもの考え方が自分の中でなんかひっかかるというか・・しっくりしないんです」
「そっか、・・うん!!大変だね。頑張ってあげて!!」
「他人事じゃ無いっすよ。最終的にオッケー出すの室長じゃないスか。
基本デザインで行き詰まってるなんてスランプかんじちゃいます。・・・なにかいいアイディアないスか室長。
早く完成させて、一刻も早く届けてあげたいんすよ」
コムイは急に真顔になった。
「アイディアっていっても・・
いや、マントはいいとおもう。コートでなければいけないとか、型にはめる必要はないからね。とても繊細なところがある人物みたいだし、クロウリー自身が落ち着いていられる格好というのは、ボクも一番大切だと思う。
考え方は間違って無いとおもうよ。ただ・・・」
「だれか、室長みなかった??また逃げたんだよ!!あの巻き毛」
遠くからリーバー班長の声がした。
「あは、ヤバい。リーバーくんがきちゃった。悪いねジョニー。ボクいなくなるから」
「え?室長ってば、ちょ」
テーブルの下に隠れたコムイは、ふとジョニーをふりかえっていった。
「そうだな。ほんとうに彼の気持ちを思ってあげたら、おのずと答えがでるんじゃないかな?」
「それってどういう意味ー」
なんてね、ぢゃ!とというなり、
コムイは、カナヘビのようにシャカシャカと床を這って逃げていった。
すぐさま食堂のはるか彼方で騒動が起きる
「あ、いたぞ!確保しろ!」
「オホホホ。つかまえてごらんなさ〜〜い」
それを眺めながら、ジョニーは再びため息をついた。
「彼の気持ち?クロウリーを思うって?・・・・なんだろ」
「お。やってるな、ジョニー。」
今度は上からなじみの声がふってきた。
「ああ、タップにロブ。もう仕事あがり?」
山盛りのピザを乗せたトレンチを抱えて、同じ科学班の仲間タップが、どすんと横に座った。
それからジョニーをはさむように、もう一人の仲間ロブ。彼のほうは野菜とハムのサンドイッチを手にしていた。ロブは座りかけながらジョニーのスケッチブックをのぞきこんだ。
「冗談。まだまだまだまだだよ(ため息)。ちょっと腹ごしらえにきただけさ。
へえええ。マントか、かっこいいなあ。それ、もと吸血鬼氏の団服?」
ロブの何気ない言葉に ジョニーはポンと肩を叩かれた気がした。
「え?・・・今なんて?」
「そのあたらしいエクソシスト。寄生型なんだろ?強いんだって?」
クロウリーの書類回収を一緒にしてくれたタップが かわりに説明する。
「ああ、なにしろAKUMAの血を、一瞬で蒸発するほどの勢いで吸っちまうそうだ。自分が適合者だと知らずに村にいるAKUMAを襲っていたんだって」
「じゃあ、かなり誤解されて生きてきたんだろうな。気の毒に。
まあリナリーとアレンたちのチームにはいったんなら安心だ」
むしゃむしゃとピザを頬張りながらタップもうなずいた。
「・・・かつて吸血鬼と呼ばれたエクソシストか。またおもしろそうな仲間が増えるな!」
「あ・・・そうだよ、そうなんだ」
ジョニーは、はっとしてたちあがった。
「そうだよ、彼はもう・・・あ、ありがとう、タップ、ロブ。
オレ、描きなおしてみるよ!」
ジョニーは満面の笑顔で食堂をとびだした。

 

 

 

「どう着心地は?クロウリー」
扉の向うでワタワタしているクロウリーに、リナリーが声をかけた。
着替えるといっても裸になる訳ではないのだが、クロウリーは恥ずかしがって、シャワー室の中に隠ってしまったのだ。
「ぜ、絶対覗いては嫌である」彼は赤面しながら扉の向こうに消えた。
「のぞきませんよ」
妙な脱力感の中で、皆笑った。
「ははは、よほど照れくさいんでしょうね、クロウリー」
「まあ・・・クロちゃんらしいっちゃっらしいさ」
ドタンとかバタンとかゴン・・・という音のあとに
『あの・・ちょっと・・・アレン』
扉の向こうで困ったような声がした。
「どうしました?クロウリー。サイズがあわなかったですか?ドア、あけますよ」
アレンがドアをそっとひらくと、マントに着替えたクロウリーがすぐそこに立っていた。
「その・・サイズはとてもぴったりなんであるが。その・・エリをどうすればいいのかわからないである」
たしかにマントには大きなエリがついていたが、少しかわった仕立てになっている。
「あ、ほんとさ。これ、左エリのはじっこに俺らの肩と同じ白いパッドがついてる。たてると裏返っちまうさ」
「あれ?本当ですね。留め具はついてるのに・・・どうやってとめるのが正しいんだろう。リナリー、わかりますか?」
リナリーは、油紙の中に残っていた小さなメッセージカードを見つけた。
「ジョニーのメモがつけてあるわよ。・・ええと。
エリは首元のベルトの留め具をとめたらおもいっきり『深く折り返して下さい』」だって
「こ、こうですか?」
アレンがいわれた通り高いエリを深く折り返すと、首の回りに綺麗なフォルムが出来、真っ白なクロスの標しのパッドが、クロウリーの胸の上にちょうど載った。
「おー。なるほど。パッドがまん中なんさ。これならアクマを噛む時、手薄な喉元が安全さ」
「かっこいいですね。クロウリー」
「素敵よ、クロウリー」
「に、似合うであるか?」
少女のように頬を赤らめてクロウリーが、小さく尋ねる。
「似合(うさ)(うわよ)(いますね)」
3人の年下の仲間は、同時に強くうなずいた。
「う、・・・う・・嬉しいである」
クロウリーは、見ている方が恥ずかしいぐらいモジモジとして恥じらった。
・・・相変わらず見かけと中身のギャップはあるけれども。
クロウリーのその姿は、もはや立派なエクソシストだった。

 

 

 

「で、きた。・・・室長!できました!」
スケッチブックを抱いてジョニーが立ち上がると、すでにそこにコムイがいた。
彼は気がつかないうちにずうっと、ジョニーの後ろに立って、そのデザインをのぞきこんでいたのだ。
「出来たね。・・・たてるエリはやめたんだね」
ジョニーは胸を張って言った。
「ハイ。
だって、クロウリーはもう顔を隠す必要はありませんから。
もう彼は吸血鬼じゃない。彼はエクソシスト、僕らの仲間なんだから」
「おっけえ。いいコンセプトだ」
黒の教団の現室長コムイ・リーはにっこりと笑った。
「では、ジョニー。すぐ製作にとりかかってくれたまえ!!」
 

 

 

<ENDE>

2008.08.03