いつの頃だろう
それはつい最近のことだろうか、それともそれ以前からそうだったのか。
リナリーがエクソシストになってから、コムイが室長になってから?
かも知れないが確かではない。
義務ではないし、誰も意識している訳ではない。
とにかく、ここが<ホーム>と呼ばれるようになる頃にはそれがごく普通の習わしになっていた。教団の場所が変わり、方舟を利用するようになった今も。
任務から帰ってきた者達を、生き残った者達を迎える儀式
科学班や、居残りの誰かが必ず、迎えに出向いて笑顔で、手を差し伸べる

おかえりなさい
おかえりなさい
おかえり、おつかれさま
おっかえりー!はやかったじゃん
おかえりなさい。まあ!大変な怪我だわ、早く医務室に!
よお、おかえり!おつとめごくろうさん
…おかえり、よくがんばったね。

おかえりなさい
無事で、よかった。

 

 

 

Escutcheon of Pleiades -プレアデスの盾-

 

 

 

「おかえりー、アレン。ラビ」
光の壁を抜けると
白衣のポケットに片手を入れて、ニコニコ笑いながらもう片方の手を振り回す、大きなトンボ眼鏡のクセ毛の青年が目の前に居た。
科学班のジョニーの明るい声が深夜のフロアに響くと、
方舟を出てきたエクソシストたちの疲れ果てた顔に少しだけ笑顔が戻る。
「おつかれさま!よかった、みんな無事みたいだね。アクマの大群と接触したって言う報告きいたから、すごく心配してたんだ。
みんな腹減ってるでしょ?ジェリーさんが夜食つくって待ってるよ。室長への報告はそれ食べてからでいいってゆう伝言」
いつでも少しはしゃいだような喋り方をするジョニーの言葉をきいて、アレンウォーカーの表情が白色LEDのようにパっとかがやいた。
「ほ、本当ですか?嬉しい(じーん)実は僕、さっきからおなかペコペコで死にそうだったんですよ」
自慢の髪の色もわからないほど、頭から瓦礫塵をかぶってぐったりしているラビは、隣に立っている手前とりあえず突っ込みをいれる。
「お言葉ですが、アレンはいつも腹ぺこで死にかけてんじゃん。んまあ…オレも腹は減ってるけど。でもとりあえず、オレは風呂に入りたいです。眠いし。
はああ、今日は重労働だったさ」
ラビはへろへろな目つきで深くため息をついた、この少年は機敏で頭の回転もいいが、いかんせんスタミナ切れが早い。寄生型のパートナーに動行する時はかなり大変なのだろう。
「本当に、かなりきつかったですね。おまけに収穫なしだったし…」
アレンも申し訳なさそうに、呟いた。
「まあ、そういうなって。みんな無事に戻ってこられたし、良かったじゃん」
ジョニーがからから明るい笑顔で、どんよりしかけた空気を吹き飛ばした。こういうところが、彼の強みだとは、本人は気がついていないらしいが。
「それに街の人も助けられたし、アクマもたくさん壊したんでしょ?それが一番大切だよ!アレン」
「そう…ですね。あれだけ激しい戦闘だったけど、ファインダーもみんなも無事だったし。良かったです。ありがとうジョニー」
気分を変えたアレンウォーカーが方舟を振り返る。
「じゃあ、僕、食事いただいてきます。あ、クロウリーはどうします?食堂に行きますか?」
「それとも風呂に行くさ?」
ひときわ長身のエクソシスト、アレイスタークロウリーは、光の側からようやく顔を出した所だった。大切そうに腕に何かを抱え、つかれのためなのか、少し焦った様子で、目を泳がせるとジョニーを気にしながら呟く。
「あ、…そう、であるな。私も少し空腹である、けれど…その」
と少しだけ言葉に詰まった様子を見せながら、言わねば!というように、小さく息をついた。
そして、とつぜん
「ジョニー、本当にすまないである!」
と叫んで、皆を驚かした。
「へ?」
名指しされたジョニーは自分を指差し、怪訝そうに、首を大きくひねった。
「ど、どうしたんですかクロウリー?」
「どうしたんさ?クロちゃん、ジョニーになんか悪い事でもしたんさ?」
「え?いや、オレは、なにもたぶん」
わなわなと震える手で、クロウリーが差し出したのは、自分の団服の上着だった。
方舟に入ったあとにボタンを外したのだろう。それで、戻るのがほんの少し遅くなったのか…。任務中は、最初から最後までフル装備できちっと身を固めている彼なのだが。
ジョニーは差し出されるままに、クロウリーの上着を受け取ると、何気なく広げた。
「うわ!」
そういったきり、ジョニーの表情はみるみる曇り、黙り込んでしまった。
クロウリーの団服はもう形をなさないほどにぼろぼろに裂け、焦げ、ちぎれ、すり切れている。刻印付きの銀のボタンや、胸のエンブレムや鎖が残っているため、かろうじて上着としての形をとどめているだけだった。
「これで今月にはいって3度目なんである。申し訳ない!!ジョニー達が作ってくれたものをまたこんなにしてしまって!」
クロウリーは言葉だけでは足らず、コムイが時々やる東洋式に深々と頭を下げた。ジョニーは返事もなく、ただ、ぼろ切れ状態になってしまった自分の作品を見つめている。表情は強張り、ぎゅうと唇を結んで、その大きなトンボ眼鏡の端から、光るものがあふれ始めた。
「はは…ボロボロ…だね」
慌てたラビとアレンがフォローに入る。
「いや!マジでツエえアクマばっかりでさ。強酸を吐き出すアクマがすごく厄介で。クロちゃんは俺をかばってくれてさ。そいつのせいできっとボロボロになったんさ。クロちゃんが居なければ、俺死んでたかも知れないし…怒んないでほしいさ、ジョニー」
アレンも慌てて付け加える。
「街の人を助けるのに炎の中に飛び込んだりしたし、瓦礫が降ってきて、その時だってクロウリーが…」
「ごめんな。クロウリー」
かすれた声で、ようやくジョニーが呟いた言葉にエクソシストたちは口をつぐんだ
「これでも最先端の繊維を使って耐久力を最高に高めているんだ。それがこんなにボロボロになっちゃうなんて。みんなの戦いがどんなに激しかったか、…よくわかるよ。
なんかオレらは、ここにいてみんなの無事を祈るばかりで。アクマの大群と戦ったとか、怪我したとか、何人死んだ…とか…。情報を見聴くだけだから。
いつだって気持ちは一緒だと思ってるけど、やっぱり、戦いの場の壮絶さを一緒に経験している訳じゃない。気を引き締めなきゃって、いつも思う。血を流すのは、お前らエクソシストだもん。オレたちはそれを少しでも軽くしてやらなきゃ行けないんだよ。
…本当に大変だったんだね。ほんとうに…」
「ジョニー」
クロウリーは、それ以上何も言えずに、小さな科学者を見下ろした。
その困ったような顔を ジョニーは見上げ、少しだけ肩をすくめる。
「クロウリー、ごめん。オレの作ったものをそんなふうに大切に思ってくれてるなんて、嬉しかった。でも、心配しなくていいんだ。それにそんな事を気にしていて、もしクロウリーが危ない目にあったら本末転倒だろ。
戦いに専念してくれよ。何着ちぎれたってかまわない。そうしたらもっともっともっと丈夫なのを開発する。それでも駄目なら、もっと、もっっっと。
………教団では昔から言われてる。団服はエクソシストの印だ。標的だって…けど。
オレが作る服は、みんなの命を守る為にあるんだから。な?」
ジョニーはぐすぐすと鼻を鳴らしながら、人差し指で涙を払いとると、ひときわに明るい笑顔を浮かべた。
「おかえり、クロウリー、みんな。無事でよかった」
エクソシスト三人はジョニーの顔を見つめ、そして声を揃えた。

 

 

ただいま!
ただいまー!
ただいまである! 

 

-ende-2009.5.24