本当はね

と彼女はいった    

これは夢だから

あたしは

あたしじゃないのよ

そうして

彼女は寂しそうに少しだけ笑った



- Undeva  ど こ か で -



濡れた頬に触れるなめらかなシーツの感覚を知り、自分がほんとうに微睡みの中にいることを理解する

しかし、その瞼は開かず、光を捉えるべき瞳は脳裏をなぞるように、ゆっくりさまようている

むしろ開くことを拒むように眉間に深く苦悶を刻み、アレイスタークロウリーの目は硬く閉じたまま

躯の感覚の外と中のはっきりしないはざまでひとつ、心地よいはずの酸素を深く吸い込み、ゆっくりと肺の中から追い出していく

安らかに

だが悲しそうに

不確実な風景を取り戻そうと寝返るたびに、今まで在ると思っていた夢は残骸となり、乳色に曇っていく

反対に、素肌をつつむ柔らかなマテリアルのすべてが、リアルに感覚になりはじめる

自分の額にかかる白く長い髪先のくすぐったい触感が自分を覚えさせ、聴覚が捉える空気の振動は外の世界を構築していくさなか、必至に舌の強張りに抗い言葉を紡ぐ


    それでも私は


現実だと思っていた世界は、記憶の片隅に溶け

忘れていた世界が…現実に生る

あきらめて心を決めた彼は目の前で消え逝く彼女を抱きしめる

美しく、儚く、愛しいその人を

泣きながら

おおいそぎで


    わたしは


いそがなければ

あの時と同じように

あの時

伝えられなかったことをちゃんと


    あなたを…愛して


だが光が、すべてを奪い取っていく

脳裏にかすかに彼女の微笑むかけらをのこしながら

ふいに心とは関係ないように瞼をあければ

まなじりから透明な雫がこめかみをつたってあふれでる

取り戻せない時間の中でそれでも

たとえ手遅れでも

言葉に出して

告げる

…伝えられなかった想いを

『私はいつでもあなたとともに…』


    愛しているである


言葉はむなしく空気に溶ける

どうしようもない痛みの中で、彼は毅然とその躯身を起こし

そうして

残りの人生が訪れる


-Ende-20091129