雪が、積もり始めていた。
「寒くないであるか?アレン」
「大丈夫ですよクロウリー。それにしても任務とはいえ、こんな場所で夜を過ごすことになるとはおもわなかったですね」
「はは。そうであるな。まあ、雪も降っていることだし、馬小屋の方が、野宿よりましである」
二人は空を見上げた。
降る雪を見つめていると雪が落ちてくるのではなく、自分が空に上っていくようだと、アレンはおもった。

 A Zapada -雪-

二人は藁のしかれた馬小屋の中で膝を抱えて座っていた。
白い息を吐きながら苦笑するクロウリーのそばで、彼によく似た前髪の白い馬が首をぶるると震わせている。アレンの傍らではヤギが、藁をかみしめながら二人の様子を不思議そうに眺めている。足下では鶏がひよこを抱いていた、
任務をまえにしてなんとも気の抜けそうな風景だが、動物たちがいるせいか、雪夜にしては暖かく感じられた。
「そうそう、キリスト生誕の夜に馬小屋に居るっていうのも、なんだか笑える話ですね。
とにかく、もう少しすればファインダーと合流できますよ。うまく行けば、今夜中に仕事をおわして本部に戻れるかもしれないですね。よっし、がんばろうっと」
「アレンは前向きであるな。エライエライ」
うんうんとクロウリーはうれしそうにうなずいた。
「…それにしても…おなかがすきましたねえ」
ほめられたそばから、気の抜けた声でアレンがつぶやく。
クロウリーもうなずいた。
「そうであるな」
「今頃ラビとかはクリスマスのごちそう食べてるんだろうなあ。ケーキとかチキンとか」
アレンの情けなくも夢見るような声を聞いて、クロウリーは、はたと立ちあがった。
「ちょっとまつである、アレン」
彼は馬小屋の戸口を出ると上着を翻して、後ろ向きにすわりこんだ。
「なにしてるんですか?クロウリー」
「内緒である。あ。覗き込んじゃ駄目である!」
「失礼。す、すみません」
アレンはあわてて目をそらし、窓の向こうの雪空を眺め続けた。
「…そういえばアレンと二人だけで話すのは久しぶりであるな」
後ろを向いて座り込んだまま、なにかごそごそやっているクロウリ-が言った。
「そういわれればそうですね。いつもはリンクが一緒に居ますから」
「たしかに。
今夜はあの男はどうしたのであるか?いつもなら任務にもついてくるのに」
「今日だけは中央の方に行ってるみたいです。なにしろ、バチカンにとって今夜は特別な日ですからね」
「…特別なのは何もバチカンだけでないである。アレン」
「え?」
「誕生日おめでとうである、アレン」
立ち上がって振り返ったクロウリーの両手には、つもったばかりの雪を器用に固めて作った、真っ白い大きなデコレーションケーキがのっかっていた。
「ええ?」
アレンが驚いて見つめていると、
クロウリーは、少しかすれた甘い声で
ルーマニア語のハッピーバースデーツーユーをうたいながら、ゆっくりとその雪のケーキをアレンの前においた。
それからポケットをごそごそと探して、一枚のビスケットを取り出した。
それをネームプレートのように雪のケーキの真ん中にかざりつける。
「一枚しか無くてすまないが。よかったら食べてほしいである」
アレンはうれしさに紅潮したが、首を振った。
「だ、だめですよ。空腹なのは一緒じゃないですか。クロウリーが食べてください。だいたい今日は僕が拾われた日ってだけで、生まれた日はわかりませんし」
クロウリーがアレンの横に座り膝を抱え直すと笑った。
「ヤボなことはいいっこなしである。そもそもアレンがアレンになった日なんだから、誕生日と変わらないであろう?私としてはちゃんとお祝いをしておきたい気分である」
「…わ、わかりました!じゃあ、半分づつで、ね?」
「駄目である♪
バースデーケーキのプレートはお祝いされる人が食べると決まっているんである。それに私は、これからアクマの血をたらふくいただくつもりであるから平気である。
ホラ…
早く食べないと、ビスケットが水浸しになってしまうであるよ?」
アレンは胸がいっぱいになりながら、クロウリーの笑顔を見つめていたが
とうとう素直に
「いただきます」
といって、ビスケットをつまみ上げた。
いつもなら一口で貪るそれに、そっと唇をあてて、かみくだく。
クロウリーの体温に似た甘い香りが口の中に広がる…。
アレンはゆっくりとビスケットを噛み締めた。
ゆっくり、ゆっくり。 

 

その様子をうれしそうに見つめていたクロウリーが、ふと顔を曇らせてつぶやいた。
「すまないであるアレン。何の力にもなれていなくて…14番目のことや…クロス元帥のことや…。正直、まだ私にはよくわかっていないである。ふがいない。
でも、これだけはわかっているである。どんなことがあっても私はアレンたちをー」
「大丈夫ですよ」
アレンはクロウリーの言葉を遮った。
自分と同じく寄生型である彼に、それ以上のことを言わせてはいけないと思った。
イノセンスに、彼の言葉を聞かせることが怖かった。
自分も彼も、もちろんイノセンスを裏切るつもりはない。
が、自分を守るためになら彼はどんなこともするだろう。
クロウリーなら、きっとどんなことも…してしまうだろう。
だから、怖くなったのだ。 

 

「ありがとうクロウリー。僕は大丈夫だから」
少し泣きそうな顔でクロウリーが首を傾ける。
「今の私に出来ることは何もないであるか?」
アレンは首を振った。
「いいえ。そんなことありません。十分すぎるくらいです、あなたがそばに居てくれるだけで。
それだけで。
そうだ、じゃあ歌を歌ってくれますか?」
「歌?」
「はい。さっきみたいに、もう一度」

クロウリーは少し赤面したが、にこやかに笑うと小さく息を吸い込み、そっと歌い始めた。
今度は
アレンの生まれた国の言葉で。
「Happy birthday Dear Allen....」

雪は聖夜にふさわしく、静かにやわらかに降り続けていた。

<ende> 2008.12.25