「待って、ボルト! 今日はイーサンの誕生日なの!」

 最近、一部の冒険屋たちが常宿として利用しているチャックの宿屋。
 その表玄関を出ようとするボルトに、マックスが声をかけた。

「せっかくみんな揃ってるから、せいぜい盛大なパーティでも開いてやろうって話なんだけど、あなたも一口乗らない!?」

 声をかけられてボルトが振り向いて見ると、ロビーにはハードやドイル、ロバートといった顔ぶれが集まっていた。
 おそらくイーサンには内緒でパーティの打ち合わせなどしていたのだろう。
 しかしボルトはそれらを一瞥するとそっけなく答えた。

「悪いが、俺は仕事だ」

「ちょっと! イーサンにとっては年に一度の誕生日よ? ううん、今回は20歳の誕生日で一生に一度の記念日なのに、こん
な日くらい仕事を休んでくれたっていいじゃない!」

 マックスが憤慨して食ってかかる。
 それにも一切動じることなく、むしろ薄い笑みを浮かべるボルト。

「あいにく、期日が今日の仕事でね。休むワケにはいかない」

 それだけ言い残すと、もう立ち止まらずに玄関のドアを開けて出て行ってしまった。

「何よアイツ! ヒトがこんだけ頼んでるのにッッ!」

 憤慨冷めやらず、ロビーの椅子を蹴っ飛ばすマックス。
 そこに、ウルフスター兄弟が言葉をかける。

「気にすんなよ。あいつはああいうヤツさ。仕事も呼吸と一緒で、休めない」

「価値観は人それぞれだからね。無理強いはできない。彼の分まで、ボクらが居てあげるからさ」

「ありがとう。でも、やっぱり………」

 ハードとドイルに感謝しつつも、やはりマックスは気持ちを納めることができなかった。

 自分とイーサンが出会うキッカケの一端となったボルト。
 イーサンが表面上では反発しつつも、一番憧れて目標にしているであろうボルト。
 そんなボルトに、イーサンの誕生日を祝って欲しかった。
 きっとイーサンは、喜ぶから。

「……よし。私が行って、連れ戻して来よう」

 それまで様子を見ていたロバートが、玄関に向けて一歩足を踏み出した。

「おいおい止せよ。あんたが行っても、あいつはガンコだから絶対に譲らないぜ」

「まあ、任せてくれ。愛と正義のために、なんとかしてみせるさ。私が戻るまで、席は二人分開けておいてくれよ」

 言うが早いかロバートは玄関のドアを蹴り開けて、かっ飛んで行った。
 小柄で太った外見には似合わない俊敏な動きだったが、そのことに今更感嘆する者は、この場には居ない。代わりにこぼれ
たのは、ドイルの冷ややかな呟き。

「ロバートとボルトの分ってことなら、空けとく席は3人……いや、4人分かな」

 〜Whole days are tasks special〜
    『毎日が仕事で特別で』
          Original stories and characters by 吉富昭仁先生
               This story was Written by 斑駒

「ま、待ってくれ、ボルト! や、やはり、なんとか、イーサンの誕生パーティには、出てやってくれないか? 仕事で、前
進することも、大事だが、たまには、立ち止まって、仲間と語らうのも、悪くないぞ?」

 宿から少し離れたところでボルトに追いついたロバートが、息を切らせながら訴える。
 冒険屋は、明日がどうなるかも分からない仕事だ。
 せめて偶然でも顔を合わせた時くらいは、共同作戦でも飲みでも何かと口実をつけて関わり合いたい。
 たがいの無事を喜び、今日という日とたがいの存在を、たがいの心に刻み込むために。
 そんな気持ちは、どんな冒険屋でも共通のものであるように思われた。

 しかし、ボルトはそれを一瞥もせずに歩を進め続ける。

「言ったはずだ。俺の仕事の期日は今日だと」

「それは分かっているが、そこをなんとか……おっ、そうだ。では私が仕事を手伝うから、さっさと済ませてパーティに駆け
つけようじゃないか」

 ロバートの意外な申し出にボルトはふっと足を止め、振り向くと、いつもの薄い微笑みを浮かべた。

「そいつは助かる」

「よしっ! 交渉成立だな」

 大きく一つうなずくと、ロバートはボルトに続いて歩き始めた。
 長身のボルトと小柄なロバートでは歩幅がだいぶ違うので、ロバートはちょこちょこと小走りぎみに追うことになる。

「ところで、今回の仕事の内容は何だ?」

「運びの仕事だ」

「運びか。そいつはおまえさん向きだ。私の出番はないかもな」

「そうでもないさ」

 ボルトがそう言うか言わないかの間に、背後の曲がり角から数人が歩を踏み出す音がした。

「いたぞ! あのコートの男だ!」
「アレを渡すわけにはいかんぞ! 絶対にだ!」
「今ならまだ間に合う! 追えぇ!」

 咄嗟に反応して、ボルトとロバートが走り出す。
 走れば二人とも同じスピードだ。いや、ロバートの方が少し速いくらいだろうか。

「なるほど。ブツは狙われてるってことか」

「そうらしい」

「それにしても大掛かりな追っ手だな。依頼されたブツはいったい……………むっ!?」

 目の前に大男が立ちふさがり、道を塞いでいる。
 急ブレーキをかけた二人は男と対峙する形となった。

「ブツはどうした?」

 大男は筋肉を誇示するかのように腕を組み、高圧的に問う。
 しかしボルトは何食わぬ顔で一言。

「食った」

「なっ、なんだとっっ!? バカな……」

 その一言に、大男が色めき立つ。
 今までにボルトが何度と無く交わしてきたやりとりだ。

「ふっふっふ。残念ながら本当だ。この男は悪食でな。なんでも食べる」

 大男を納得させようと、ロバートが割って入った。
 しかし大男は、更に頭を抱え込む。

「バカな!? そんなバカなッッ!? 現場からの通信では確かにまだブツは受け取っていなかったはず!? それを、食っ
ただと!?」

「なに? どういうことだ?」

 男の言葉に、逆にロバートの方が混乱させられる。
 一方のボルトは涼しい顔で、呟く。

「なんなら、この場で出してみせようか?」

「く、くそっ。ふざけるなよっ!? ちくしょうっ、ちくしょおぉぉぉおおぉっっ!!!」

 それを聞いた大男は、泣きながら脱兎のように駆けて行ってしまった。

「……なんだあれ?」

 臨戦態勢で身構えていたロバートは、突然の敵の逃亡にしばし呆然とする。

「どうやら、ヤツもブツは狙っていたらしい」

 ボルトは、得心顔で面白そうに笑う。

「そりゃ、そのようではあるがなぁ……?」

 一方でロバートは、大男の反応がいまいち腑に落ちず、複雑な表情で首をひねるしかなかった。

「………ここだ」

 なんとか追っ手をまいた二人は、一件の店の前で足を止めた。
 その店は看板や外装などが明るいパステルカラーで彩られており、とても殺伐とした冒険屋が用のありそうな雰囲気ではな
い。

「なるほど。ブツの受け渡し場所としてはうまいカモフラージュだな」

 むさい男を排斥するかのような店全体が放つ空気に、少し引き気味のロバートが感想をもらす。

「さっそく受け取って来るとしよう」

 一方でボルトは店の華やかな雰囲気にも一切物怖じすることなく、扉を開く。

「おっ、おい、待て。ボルト。ブツはもう受け取っておまえの腹の中じゃないのか?」

 慌ててロバートも、ちょっと周囲を気にしながら追いかけて店内に入る。
 追っ手の目よりも、周囲の婦女子らのひそめられた視線の方が気になった。
 それは場違いな店に堂々と入るオッサンたちを、見咎める気配満点だった。

「これを品物と取り替えてもらおう」

 店に入るが早いか、ボルトはカウンターに向かって突き出した右手から何かの紙片を再生した。

「承っております。ちょうど今お渡しするご用意ができたところで、お待ちしておりました」

 売り子の娘が店の奥に行き、すぐに手提げ型の四角いケースを持って戻ってきた。

「こちらです」

 カウンター越しにそれを受け渡し、代わりにボルトの手から紙片を回収する。

「たしかに受け取った」

 それだけ言うとボルトはさっさときびすを返して出口に向かう。

「ありがとうございました」

 その背中に、売り子の娘が感謝の言葉をかける。

「おおい、待ってくれ。……なるほどブツは交換が必要な二段構えだったってことか。さっきのは、依頼人に受け渡し証か何
かを預かってたってトコだな?」

「そんなところだ」

 店に入った途端にまた慌ててボルトを追いかけ、店を出ることになったロバートは、小走りになりながら問うた。

「それで、そいつを受取人に受け渡したら、仕事は終わりか?」

「まあ、な……」

 言いながら、ボルトの足が止まった。
 遮光眼鏡の奥から見つめる視線の先には、数人の男たち。
 中には通信機のようなものを持った輩も居る。

「ちっ……こいつらがさっきの大男が言っていた『現場』のやつらか。交換場所を張られるとは、おまえさんにしちゃ珍しく
ドジを踏んだな」

「不可抗力だった」

「まあ、そうなんだろうが……なっ!」

 言いながら、二人は示し合わせたかのように同時に駆け出した。

「逃げたぞ! 追えぇ!」
「追跡班に連絡だ! 回り込ませろ!」
「慎重に動け! ブツを傷つけるな!!」

 二人の後方で男たちが声を掛け合い、バタバタと動き回る。

「いったい何なんだ? あいつらは?」

 ロバートが後方を確認しながら、呟く。

「こいつを欲しがる連中が、あんなに居たとは思わなかった」

 ボルトが右手に下げたケースをロバートに見せるように左手に持ち替えて軽く持ち上げ、しみじみと呟く。

「おい、それ、さっさと食っちまった方がいいんじゃないか? そうすりゃ、おいそれとは奪われんだろ」

「あいにくだが、そうもいかない」

「なに? それはいったい……むっ?」

 進路の前方に、どこかで見たような男たちが張っている。
 どうやら『追跡班』と呼ばれていた連中らしい。

「こっちだ」

 ボルトはすかさず横道に飛び込んだ。
 ロバートもそれに続く。

 後方で連中が、やはり何事か叫びながら追跡を開始する気配がした。

 二人は追っ手をまこうと、狭い路地を縦横無尽に走り回る。
 しばらくして、ロバートがふと話しかけた。

「なあ、ボルト。なにやらだんだん、最初に来た道の方に追いやられてないか?」

「問題ない。受取人はこっちだ」

 ボルトは全く動じる気配もなく、何度目かの角を曲がった。
 そこで一気に視界が開け、見覚えのある通りに出る。
 二人が行きにも通った道だ。
 そして、二人の目の前には道だけでなく、見覚えのある顔もあった。

「さっきは世話になったな。口裏合わせて『もう食った』なんて出任せ並べやがって」

 行きに、泣きながら駆けて行ってしまったあの大男だ。
 どうやら仲間から連絡を受けて、戻ってきたらしい。
 道を塞がれて二人は立ち止まることを余儀なくされ、構図まで行きに見覚えのある形だ。

「出任せではないッ。ただ、ブツが交換前のものだったというだけのことだッ」

 じりじりと間合いを測りながら、ロバートが答える。

「? どういうことだ? まあいい、ともかく今はブツを持っているようだからな」

 大男は、ボルトの左手に下げられたケースに食い入るような視線を向ける。
 ボルトは、その視線から左手のケースをかばうように後ろに引いた。
 その瞬間、ケースをガッと掴まれる。

「おおっとぉ……ヘヘヘ、追いついたぜ。ブツが大事なら、ヘタな動きはしないことだ」

 いつの間にか、後ろからの追っ手たちが追いついてきていたのだ。
 通りの表側からも男たちが詰め寄り、二人は完全に囲まれた状態になってしまった。
 そこで、おもむろに大男が話を持ちかける。

「さて、俺たちの用件は分かっているな? 大人しくソイツを渡して欲しい」

 しかし、それに対するボルトの答えは、決まりきっている。

「ことわる」

 大男はその答えに多少渋い顔をしながら、なおも交渉で食い下がった。

「金は、払う!……2倍…いや、3倍出そう!! 俺たちはどうしてもソイツを手に入れたい!」

「バカを言え! 冒険屋は金で依頼人を裏切るようなことはせん! なあ、ボルト!?」

「ああ、そのとおりだ……」

 ロバートの口添えに、ボルトは我が意を得たりとばかりに微笑んで、右手を突き出した。

「悪いが、渡せない。代わりに、おまえたちにはコイツを食らってもらおう」

 右手が……いや、右腕全体が脈打つように変形する。
 しばらくして落ち着くと、ボルトの右手には小型のバズーカが握られていた。

「う、うわぁぁあっっ!?」
「そこまでするかーッッ!?」
「お、お助けーーっっ!!」

 それを認めた途端に、周囲を囲んでいた男たちがクモの子を散らすように逃げ出した。
 交渉決裂で戦闘に入るとばかり思い、今度こそと臨戦態勢を整えていたロバートは、またもやその反応にあっけに取られ
た。あまりにも骨がなさ過ぎる。

「おまえは、逃げないのか?」

 ボルトは、唯一その場に残った大男にバズーカの銃口を向けた。

「くっ、なぜだ。なぜそこまで……」

 男はまっすぐに銃口とボルトの顔を睨み返した。

「俺にとって、大事なことなんでね」

「そう。冒険屋の仕事は……な」

 ロバートも言葉を付け足しながら、大男に向けて身構える。
 もはや自分の出番を与えてくれそうなのは、そいつくらいしか居ない。……はなはだ期待薄ではあったが。

「冒険屋だと? てめぇらプロか!? くそぅっ、道理でやり方に迷いがねぇわけだ。……ちくしょう! だからって…だか
らってブツを目の前にして諦められるかよっっ!!」

 そのとき、大男が予想もつかない行動に出た。
 ボルトの右腕にかじりつき、バズーカを奪おうとしたのだ。
 それはロバートの期待通りの反抗だったが、却って虚を衝かれたため一瞬反応が遅れてしまった。

「や、止めろ! 無駄な抵抗をするなッ!」

 大男とボルトがバズーカを巡って揉み合いを始めたところに、ロバートがひと足遅れで嬉々として躍り込む。やっと出番
だ。

 ほとんど瞬間移動のような速度で間合いを詰め、大男の顔面を精密に狙って飛び蹴りを放つ。

 ……が、大男が不意に頭をぐるりと捻ったため、蹴りはバズーカの砲身にクリーンヒットしてしまった。
 はずみでボルトが引き金を引いてしまう。

 ポンッ☆

 瞬間、なんとも軽い音が響き渡った。
 周囲には、色とりどりに舞い散る紙ふぶきや紙テープ。

「……………あ?」

 ロバートは、頭に降りかかってくるそれらを呆然と見つめた。
 大男も、腰から砕けて地べたに座り込みながら、それらを見上げた。

「……なんだ? おもちゃか。これはどういうことだ? ボルト?」

「……このことは、秘密にしておいてもらおう」

 ボルトは珍しく苦々しい顔をして、バズーカを紙テープごともしゃもしゃと食べ直した。
 手に盛った紙ふぶきまでご丁寧に、粉薬よろしく大口を開けてパッと流し込む。

「バズーカのニセモノを使ったのはワケありか? それは構わんが………こいつはどうする?」

 ロバートの視線の先で、おもちゃのバズーカ暴発のショックから立ち直った大男が、尻についた砂を払いながら立ち上がる
ところだった。

「まだ……やるかね?」

「……いや、もういい」

 いちおう身構えるロバートを、大男が手で制して言った。

「……なるほどな。そういうことなら、横取りしようとした俺たちが野暮だった。勘弁してくれ。だが、次こそは必ず手に入
れてみせるぜ!」

「そういうことなら、次回は俺は遠慮するとしよう」

「余計なお世話だ! この甘党が!」

「おまえに言われたくはないな」

「待て! ちょっっと待て! 『次』とか『野暮』とか、いったい何の話だ!? おまえら顔見知りなのか?」

 大男の謝罪を皮切りに突如として始まった旧知の仲のようなやり取りに、置いてけぼりを受けたロバートが割って入る。

「……まあ、そんなところだ。さて、仕事を終わらすとするか」

 ボルトは先ほどの揉み合いで取り落としてしまったケースを地面から拾い上げ、砂を払う。
 ケースは、落下の衝撃で多少ひしゃげてしまっていた。
 それを見て少し思案したあと、ボルトはおもむろにケースにかじりついた。

「あっ、おい。食えないんじゃなかったのか?」

「ケースだけなら問題ない」

 ボルトがケースをかじるたびに、その中身が徐々にあらわになってくる。
 最終的にボルトの手のひらの上に載せられたケースの中身は、周囲全体が真っ白に塗られた上に、20本近くのロウソクが立
てられ、赤やら茶色やらで装飾された円盤状のモノだった。

 そして、その中央に鎮座した茶色い板には、白で書かれた文字。
        『Happy Birthday!! Ethan!!』

「そ、それは……!?」

「やっぱりか。あれはケーキ屋のサービスだ。毎月一度、お一人様限定予約のスペシャルケーキだが、誕生祝いなら特別にデ
コレーションしてくれる」

 開いた口が塞がらないロバートの疑問に答えたのは、意外にも大男の方だった。

「限定のケーキだと!?」

「ああ。こいつが世界一とここらでは大評判でな。毎月大勢が並んで予約券を手に入れようとするんだが、俺は未だにありつ
けた事がない。そいでもって今月はこの男だ」

「コイツを手に入れるには3日もかけた」

 ボルトは手の上のケーキを眺め、デコレーションの無事を確認した。
 それがどことなく感慨深げな仕草にも見える。

「予約日まで店の前に3日も並んだのはあんたが初めてだ。最初は何をしているのかと思ったよ。ほとんど不審者だ」

 ロバートは先ほどの店の華やかな様子を思い出した。
 たしかにボルトには似合わない。かと言って目の前の大男にはなおさら似合わないだろう。

「甘党には見えないし、転売目当てかと思ってな。数人で頼み込めば支払い次第で分けてもらえると思ったんだが、迷惑をか
けたな」

「いや、そうでもない」

 薄く笑いながら、ボルトが右腕に載せたケーキの周囲にケースを再生すると、もう完全に店で受け取った時のまま、元通り
になった。

「なるほどな。しかしそういうことなら、おまえさんは甘いものどころか普通の食い物は全く食わんからな。どちらかと言え
ば酒はやるから辛党なんじゃないか?」

 やっと話の見えたロバートが、ため息と共に考えを口にする。

「そうだな。仕事が済んだら存分に飲むとしよう」

 ボルトはそう言うと、あとはすたすたと歩き始めた。

「あっ、おいっ」

 ロバートは、相変わらず小走りで追いかけることになる。

「じゃーな。誰だか知らんが、誕生日おめでとうさん!」

 後ろで大男が気さくに手を振っていた。

「なあ、ボルト。受取人はイーサンとして、この仕事の依頼人は誰だったんだ!?」

 チャックの宿にだいぶ近づいたところで、ロバートが声をかける。

「依頼人の名前は秘匿事項だ」

 言いつつ、ボルトの口元はほころんでいた。

「名前は秘密か。だが敢えて言うなら、自分自身ってトコか?」

 ロバートも、得心顔でニヤリと笑いながら切り返す。

「信じる信じないは、おまえの自由だがな」

 ボルトは背を向けたまま、肩越しに言い放った。

「ふっ。まあ良いか。なんにせよ大評判のスペシャルケーキとやらの相伴にはあずかれるらしいからな」

 しばしの間の後、ロバートがしみじみと、言う。

「ダイエット中じゃなかったのか?」

 即座にボルトが切り返す。

「今日は特別だ」

「毎日が特別じゃ、エリーが怒るな」

 軽口を叩き合いながら、肩の並ばない二人は上下に顔を見合わせ、笑う。

「さて、これからの仕事の段取りはどうするかな」

「そうだな。派手な祝砲にスペシャルな手土産か。私の出番も欲しいところだが……。だがまあ、とりあえず……」

 ロバートは言葉を切って、歩みを止めた。
 ボルトも歩みを止めて振り返る。

「とりあえずその辺を考えるためにも、もうちょいゆっくり歩かないか?」

「なるほど。そうしよう」

 夕日に照らされた二人のシルエットは、一方が小走りになることもなくゆっくりと、かといって戸惑うこともなくしっかり
と、目的に向かって歩き始めるのだった。

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