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月の明り。
「ボルト殿!まだ生きておられますか?」マッキノンが声をしぼった。
「このような失態にまきこんでしまって、もうしわけない」
天井から両腕を高く括られた巨躯が顔を上げた。砂袋か何かのように無造作に釣られ、棍棒などで、さんざんに殴られたらしく、分厚いコートはズタズタに痛んでいた。おそらくその下の身体も痣どころではないだろう。トレードマークの丸眼鏡はとっくに吹飛び、口元に血がにじんで乾き、固まっている。しかし、瞳は光りを失ってはいなかった。
「王は無事だ」
冒険屋は一言だけつぶやくと、ふたたび沈黙した。
これを聴いて、マッキノン卿は床に転がったまま安堵のため息をもらした。
「は、・・・はは。ならば良い!我には思い残すことはないのです。人質となっている一族の者も本望。我らのことは気にかけず。せめて、ボルト殿だけでも・・・」
「仕事が残ってるんでね」
ギイイ!と扉が開いた。
「しぶといな。まだ生きているのか?」

切っ先の研ぎ澄まされたスピアを手に、先刻の若者がサディスティックに口を歪めて言った。
「私にはもはや、王の行方などよいのだ、預かったものを渡しさえすれば釈放しよう。マッキノンを捕えただけでも、いいわけにはなるからな。私がほしいのは霊薬の永遠の守護だ!」
「おまえのじゃない」
冒険屋がつぶやく。
「そうかい」スピアの光る矛先が、ボルトの喉にぴたりとあてられた。
「うわさじゃあ、お前はなんでも『喰う』そうじゃないか。案外それかとおもってね」
鈍い刃光が、ボルトの胸をなぞり、みぞおちにあてられ、ゆっくりと、ギリリとつきたてられた。
「その腹を切り割いたら、はいってるんじゃあないかい?」
「クッ」ボルトが一瞬苦痛の息を吐いた。
肋骨の下の皮膚が切れ、みるみるとシャツに血がにじみ始めた。矛先はなおも潜りこもうと力をこめられている。
一気にではない、ゆるゆるとたのしむように肉にめりこんでいく。
「ボルト殿、お渡し下され!わしはかまいませぬ!」
マッキノンの悲痛の叫びをよそに、歯を食いしばりながらボルト・クランクは不敵に笑った。
「まだ・・・、あんたのでもない!」
その時。
トテトテトテ
トトト・・・
たったたったたたた。
緊迫した空気をよそに、扉のすき間を抜けて灰色の毛玉がころがってきた。
と、おもうと、それはゴムのようにはぜ、あっという間に緑色のコートをよじ登っていく。
『ボルトォ。みつけたああ。』
「なんだ!こいつはっ?」
うれしそうにボルト・クランクの頭にかけあがろうとした小猫を とっさに小姓はスピアで振り払った。
『にゃっ』
彼女は悲鳴にならない短い声をあげた。
切っ先が小猫の喉をかすめ、薙ぎ払われた勢いで小猫の口からネジが弾き飛ばされた!
月あかりに一瞬ネジが閃く。
ボルト・クランクが驚くほど大きな口を開けたかと思うと。ガシと空中でネジをくわえた。
ガリ!
とさりと音をたてて小猫が床に落ちるのと、冒険屋の釣られた右手から巨大なビームキャノンが生えて、鎖を断ち切るのはほぼ同時だった。
次の瞬間ー
館全ての窓が、衝撃で吹飛んだ!
「うわああああ!」
若者は恐怖にわめきちらし、兵隊が逃げ惑う・・・。
わずか2分。
形勢は逆転した。

 

 

血でぐっしょりとぬれた小猫はかすかに『にゃあ』とないた。

あったかい〜〜
ボルトの手だああ。
まいごにならなくて良かったねえ。ボルト。
わたしねえ・・・ちょっとねむいの。
目がさめたら、また・・あそぼ・・・。

左手の上で、みるみる冷たくなっていく灰色のボールを凝視したまま、冒険屋は右手を掲げた。
シュオン!と光りが宿り、小さな薬瓶が再生される。
マッキノンは奇蹟をかいま見たかのように、身体を震わせた
「こ、これがいにしえより王家に伝わる伝説の?」
「伝説じゃない」
冒険屋は瓶をマッキノン卿の手にわたす「本物だ。中味もな」
「いいや!、いいや!本物であろうとなかろうと、われにはわが君の心づかいこそが有難きこと!」
気丈に立ち上がったマッキノン卿は、剣をかかげ、王のわたったであろう北の地にむかって、忠誠の礼義をつくした。
「ボルトどのにもなんと、御礼申せばよいやら・・・」
「ではたのみがある」ボルトはていねいに言った。
「一滴でいい、そいつをゆずってくれ」

 

 

プチプチプチ・・・。命の目覚める音。
麦どもが、うまい水を吸い込み、芽を吹始める。
甘い麦芽になり、麦汁になる。
どんな理屈かしらないが、麦汁があまったるく腐る。
職人のじいさんどもがそれを煮て酒にする。
たるに詰めて、ゆっくり寝かす。
人間はそれを『命の水』とよぶらしい。
ふ、目にしみるしドクだとおもうんだがね。
だが、それでもネズミどもからこいつを守るのが、アタシの仕事だ。
なぜって?
奴と約束したから。
うまいものをご馳走するって。

『お〜〜い。お客がきてるぜ』
爺さんが、地上から声をかける。
『へんなかっこうした冒険屋だ!おまえさんに頼みがあるそうだ』
冒険屋だって?
ブリッジから直接飛び降りて、工場の外に出ると。
「元気そうだな」
ロングコートをなびかせて、冒険屋が、奴が、変らぬ姿でたっていた。
胸のどこかがきゅうっとちぢむけど、アタシは何気ない顔で奴をみつめる。
やあ、
酒を呑みにきたのかい?それともネジを取りにきたのかい?
「お前に頼みたいことがある」
奴はポケットから、まだ幼い子猫を取り出した。
あのころのアタシぐらいの・・・。

エピローグ

 ふかふか・・・ぬくぬく
 あったかい。ボルトの髪の毛?
 ううん、ちがう。
 目を開けるとおおきなおばさんが座っていた。
 ボルトと同じ髪の色。同じ目の色。それに・・・同じにおい。鉄と血とそれから・・・。
 「眼が覚めたのなら、したくをおし」
 小猫はキョロキョロと周りをみわたした。
 見慣れない錆びた工場、湯気があがり、あたたかく、穏やかな・・・
 「ボルトは?」
 「あの男は仕事に出かけた。アタシは、お前を預かるように頼まれた」
 小猫は悲しそうにヂっと押し黙ったが、ようやくいった。
 「かえってこない?」
 蜜色の猫が笑う。
 「いや・・・いつかそのうち、ふらりと来るさ。その証拠に」
 彼女は足元の1本の古いネジをころがした。
 小猫は眼を細め、ゴロゴロした。
 「ネジだ!ボルトの匂いだ・・・」
 「そいつはお前に貸してあげる。寝床にしまっておけばいい」
 ふわと長い後髪をハラませ大きな牝猫は立ち上がった。

 「これからおまえはウイスキーの守護をするんだ。覚えることが山ほどある。早くおいで」
 ネジをたいせつにボロのなかにしまいこんだ小猫が、あわてて後に従う。
 「まってよお。おばさん!」
 彼女は、あの男のようにゆっくり振り返り、良くひびく声で言った。
 「アタシはウイスキーキャット・タウザー。冒険屋だよ」

     ENDE


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