銃声。
荒れた岩肌に幾度も残響し、まるで爆竹のように響きわたる。
その嵐を逃れるように夜の闇を黒い影が疾走する。
銃撃をなんとかかわしながら断崖を滑り降り、谷間に着地すると、
地割に潜んで銃をぬき、はずんだ息を殺す。
黒髪に黒い上着、 均整のとれた大柄な若者だ。
一連の敏速な動作は見事なもので、若者がなかなかの手練れであることを示していた。
だがよくみると影はひとつではない。
彼は、少年を背負っているのだった。
大きな岩かげに腕から降された少年が、おっかなびっくり叫んだ。
「気をつけてハードさん!!奴らは軍隊くずれなんだ。武器弾薬もやまほど」
「最新の集音探知機もつかってやがる!しゃべるなティート、じっとしてろ」
言い終わるか終わらないうちに、バズーカ砲が撃ち込まれ、すぐ傍らの岩が砕けちった。
少年は頭を抱えて岩の後ろに座り込むとコクコクとうなずいた。

ハードとよばれた若者は、押し殺した声で吐き捨てる。
『へへ、結構派手なお出迎えだぜ』
いいながら、彼は敏速に敵の配置状況を頭のなかで立体視する。
陣営の位置は?突破口は?撃込んでくる角度は?

汗が一筋・・・・
左袖で額をぐいとぬぐって不敵な笑みをうかべると、彼は飛び出した。
しかし・・・・
予測していた攻撃は、まったく起きなかった。
かわりに先ほどとは反対の斜面で、大爆音が轟く。
「!?な、なんだ」
と、みる間に岩肌が砕けちり、中型の地滑りをおこすと敵の陣地に正確になだれ込んだ。
悲鳴や罵声が、間の抜けた感じでひびいていたかとおもうと、つづいて混乱しきった土着の言葉。
『あっちだ-!』『撃て-!』

しかし銃撃は、彼の居る位置とはまるで見当はずれの場所にこだましている。
どうやら、敵の前にはあらたな標的が現われたらしい。
彼は、銃の撃込まれる断崖の縁に眼をやり、驚きのあまり無防備にたちすくんだ。

『あいつは!』
爆発の閃光に照らされて浮かび上がり、あっという間に消え去った、あの影!
一瞬とはいえ見間違うはずはないコート・・・
世界一の冒険屋、ボルト・クランクだ。 

 

『FAKE UP FALL DOWN』 EAT-MAN another iv  乃川りべっと

「あなたがハードさん?」
少年は尋ねた。
「凄腕にはみえないなあ、もっとゴツイ人だとおもってた」
[人は見かけに寄らないものさ」
ハードはにこりともせずに答えた。
『これを高地の村に運んでいただきたいのです』
ハードは、壇上の市長の言葉にうながされ、もう一度古ぼけた機械を背負った少年をながめた。

-こいつが『ヴァルナ=水を産む機械』なのか?

それは郷里のドラッグストアに置かれていた、ちっぽけなエスプレッソマシンそっくりだった。
ハードはかなり拍子ぬけした。 もっと複雑な装置を想像していたのだ。
だが、引き受けた仕事にケチをつけるつもりはない。これが彼の仕事なのだ。
「ヴァルナは空気から水分を抽出する機械なんだ。だからどんな地理条件でも使用できるんだ」
機械を背負った少年ティートが、少し得意げに話した。

この惑星。
年々雨量は減り、すでに国土のほとんどが砂漠化していた。
そこで、さまざまな手段で水を作る機械がさまざまに発明されたが、
どの機械も気が遠くなるほど高額であり数もまだ不足してた。
『ヴァルナ』は天才と呼ばれるタイタニア博士の発明した、そういった機械の一つだった。

この市でも水不足は深刻だ。
特に山岳高地にへばりついている村々では水の確保は死活問題となっていた。
ティートはそんな村のひとつの出身だった。

『ヴァルナ』の輸送はすでに3回は失敗している。そのたびに襲撃され、高額な機械は略奪されていた。
案内屋だったティートの父親は1度目の輸送の時に殺されたという。
「もともと山賊だったゴロツキを前の戦争の雇兵連中が従えてます。そいつらは殺しのプロなんだ。」
ティートは貧しい村のために懸命に勉強し、特待生として市のアカデミーに入学したのだという。
たぶん、村のために自らすすんで、道案内をかってでたのだろう。
冒険屋にとってはむしろ足手まといではあったが、断わる気持ちになれなかった。
命がけなティートの気持ちを汲んやりたいと思ったのだ。
「ぼくらが村に向かってる事がわかったらまた襲ってくる」
「へえ、そいつは厄介だ」
アカデミーの門を抜けながら、ハードは憂鬱そうに口笛を吹いた。


「くそったれ!いったいどうなってやがんだ」
ハードは 苛立たしげに唇をかんだ。
なぜボルトがここにいる?
なぜやつらに襲われていたのだ?
なぜ俺とおなじルートを・・・・
満天の星。
夜通しにでも歩いて、一刻も山越えをすませたい所だが、少年の足が及ばない。
ハードに促されてもティートは重い荷物を絶対に肩からはずそうとしなかった。
汗だくの少年を見て、ハードは、やむなく一時休息することにした。
闇に紛れている分には安全だろう。村まではあと10マイルほど。
夜明けまでに山を越えられる目算もある。
だが、気分は最悪だった。
脳裏をボルト・クランクが走り抜けていく。
懸命に考えていた黒髪の冒険屋は、岩にもたれてうとうとしているティートをみて閃いた。
自嘲ぎみな微笑み。
-なるほど・・・・そういうことか。
なぜ市長はわざわざ足手まといな少年を道案内につけたのか?
なぜ俺がここにいるのか?
考えれば考えるほどつじつまがはっきりする。引き出された結論はあまりにも屈辱的だった。
「俺たちのほうは『オトリ』ってわけだ」
少年はまどろみながらもなお、大切そうに荷物を抱え込んでいる。
彼が命懸けで運んでいる物体は、やはり『ヴァルナ』ではなくて、ただの・・・・
『!』
冒険屋は、思考を切り替えた。
闇のなかに無数の殺気が潜んでいる。

囲まれたか?
いや、まだだ。一気に林を抜ければ・・・・
「ティート、起きろ。やつらが来ている」
ハードは少年を急がせると銃の弾倉を確認した。
「荷物をよこせ。俺がせおう」
「え!で、でも」
「いいから外せ。大丈夫だ。かならず村に届ける。お前は村に伝えるんだ。
俺が先にでて、やつらの気を引く。合図したら全力であの林を走りぬけろ!いいな?」
「う、うん」
道化役だとしても。
・・だが、この少年を無駄死にさせたくはなかった。
「ハードさん!」
ティートはポケットのなかから小さなナイフを取り出した。
「お守りに持っていって。父さんの形見なんだ」
「ありがとよ」
ハードは、にこりと笑うと、ナイフを受取り、
『ヴァルナ』を抱えてティートの林とは反対の方向へ飛び出した。
予測通り、四方の闇が火を吹き、銃撃の波が砂利をはね上げた。
耳元で空気の炸裂する音が聞こえ、右頬を掠めたかとおもうと、
焼小手をあてれられたかのように痛みを訴えた。

「ちい!」
黒髪の冒険屋はかすめた頬傷の血を肩で拭い、ピタ!と銃を構えると数発撃ちこんだ。
闇の中で断末魔が響く。
ふたたび走りだし、立ち止まっては銃をうつ。
敵を充分引き付け、少年とかなり離れたところでハードはさけんだ。
「ティート!」
それから敵の気をひくために、さらに派手に銃を撃ち捲る。
遥かかなたで、少年がバネのはぜた玩具の様に飛び出し、林の中へ突っ込んだのが見えた。
敵はハードの銃撃に気をとられて、まったく気付いてはいないようだ。

ズガガガガガガガ!
ほっとした瞬間、反撃の嵐が彼を襲ってきた。
「おおっっと、あぶねえ!」
あわてて身を転がし、片手で爆転をうつと朽ち木に身を寄せ、銃をかまえた。
『カチ』
-ち、弾切れか!
すかさず弾倉を抜き捨て、上着の下に手を入れる、と
その瞬間。

後頭部に固いものが押し付けられ、ハードの心臓がこわばった。
低い声が耳元でささやく。
「そのままゆっくり手を出して、こちらをむきな」
ハードは躊躇なく、命じられるままにした。
銃を突きつけた男の爬虫類のような灰色の眼と、まともにぶつかる。頬から首筋にかけて大きなケロイドの傷が目立つ男だった。
どこかでみた顔だ。
おおかた賞金首のポスターだろう、とハードはかってに納得した。
その背後に機銃をかまえた男たちが数人見える。
今までの連中とは装備も銃の扱いもまったく違っている。
気配をまったく感じなかったところをみても数段腕が違う。ティートの言う雇兵たちだろう。
首謀格の男はハードが抱えている物体をチラとみるなり吐き捨てた。
「こいつはポンコツのコーヒーメーカーじゃねえか。本物はどこだ」
ハードは微笑んだ。
「喰っちまった」
「最近流行なのか?そのジョークは?」
ケロイドの男は卑屈そうな笑いをもらしたとおもうと、ハードの鳩尾を蹴り上げた。
『ゲ・・ホ!!』
激痛にうずくまったところを更に容赦なく2発。
起き上がろうとする左手の上に泥だらけの革靴が当てられたとおもうと全体重がかけられた。
『ギ・・・・グア!』
メキ、と嫌な音をたてて、小指と中指があらぬ方向へ折れ曲がった。
「素直に吐けば楽に殺してやるぜ?」
「・・・・殺せよ。本物の隠し場所はわからなくなる」
ハードは、苦痛で冷や汗をかきながらも不敵に吐き出した。
今はなるべく時間を稼ぐしかない。こうしている間にも、ティートは村に近づいているはずだ。
ボルトが運んでいるはずの本物も。
部下の一人が報告した。
「一緒にいた道案内のガキが逃げたようです」
右手に乗りかかった泥靴がぴたりと止まり、かわりにもう一度、腹におもいきり蹴りがはいった。
ハードは芋虫のように丸まって転がり回る。
「クソガキもひっつかまえろ」
二人の部下がハードを引きづりあげた。
「本物のあり場所は、まずお前に尋ねる事にしよう」
ケロイド顔がサディスティックに歪んだ。

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