『はりぼての牛だ』
梁に吊されてさんざんに殴られながら、ハードは別の事を考えていた。
花にかざられた紙人形の牛が、広場に高く吊されて、棒で叩割られる。
牛のお腹から吐き出されて、青い空に舞うコインやキャンディー。
色とり取りのスカーフ、花びら。
紙吹雪。
・・・・ああ、もうすぐ収穫祭だな。
女たちの笑顔、子供たちの歓声、
男たちの罵声。・・・・。
「なに笑ってやがんだ、さっさとあり場所を吐かないと殺すぞ!」
・・・・いっそ叩割られてしまったほうが幸せかもしれない。
だが、不幸なことに吐き出す秘密はどこにもない。

-俺が運んでいたのは、ガラクタだからな


夜があける頃、男たちのほうが音を上げた。
「ちくしょう。朝飯がすんだらとどめをさしてやるぜ!」
男たちが乱暴に扉を閉める 。
バン!
-お祝いの爆竹がはぜる音?・・・・

いや。しっかりしろ『俺』

ハードはぶらさがったまま、周囲の様子をぼおっっと観察した
背負っていた偽のヴァルナも衝撃でばらばらに壊れて床に落ちている。
腐った植物の匂、怪しげな瓶詰や樽、小麦のつまったドンゴロスの袋が山につまれている。
どうやら山賊たちの砦の倉庫のなからしい。
全体重が手首のコードに食い込んでいた。
「・・・・ってえ」
とはいうものの彼もいっぱしの冒険屋だ。
朦朧としていた意識を取り戻すと、まずは身体の損傷をしらべ始めた。
肝臓を強く打たれたらしく、熱を持っている。半日もたてば激痛が走るだろう 。
呼吸すると胸が痛む。
-てえことはアバラにヒビがはいってるな。
厚地の上着やバックルのおかげで、モロに折れた所はなさそうだ。
もっとも、最初に踏みつけられた左手は、使い物にはならないが・・・・
「飯をくったらトドメをさしてやる、か。ち・・・・甘くみられたもんだぜ」
しかし下っ端はともかく、彼等がただの無法者でないことは明らかだった。
おまけに食料の量からすると、人数も20人は軽くこえそうだ。
壁のすき間から漏れる光が、夜明けが近い事を教えていた。
ボルトの奴はもうとっくに村にたどり付いただろうか。何しろ世界一の冒険屋だからな。
だが、ティートのほうは心配だった。
今はとにかくここを脱出してー
「大丈夫か?」
突然、きき覚えのある声が響いた。
「な、な・・」
ハードは驚きのあまり、魚のように口をパクパクさせた。
「なんで、あんたがここにいるんだ〜!?」
目の前にのんびりと無反射遮光式丸眼鏡がひかっていた。

「その様子じゃ、しくじったみたいだな」
ボルト・クランクは手助けをしようもせず、回りをうろうろしながらいった。
そういう当の本人も同様に袋叩きにされたらしく、コートがボロボロだ。
だがそんな様子はおくびにも見せず、砕け散った偽のヴァルナを優雅に拾い食いしはじめる。
ハードは、吊られたまま体を屈め、V字のように下半身を高く折り上げ、
右手の指先で腿のバックルから、ティートにもらった小さなナイフをとりだし、
ゴシゴシとコードを切り始めた。
「あんたこそ!まったく世界一が聞いてあきれるぜ。あっさり捕まりやがって」
ガラクタを食べ終わったボルトは、のんきに立ち上がると倉庫の横壁を蹴り抜いた。
壁の分厚いコンクリートがはがれ落ち、頑丈そうな鉄板がむき出しになる。
「・・・?なにしてんだ?」
ボルトは首を突っ込んだ。かと思うと、またたくまに鉄板を噛りとって大穴をあけ、奥にはいった。
「お、おい!まてよ!」
ハードが体をよじると、切れかかったコードが重みに耐え兼ねてブツリと千切れる。
若い冒険屋はよろけながらも着地すると、ボルトが入り込んだ穴を覗いて思わず口笛を吹いた。
「ヒュ〜♪こいつはとんでもねえ」
それはちょっとした格納庫だった。
弾薬や手留弾、機銃やカノン、最新のスコープ類までが山と積まれている。
ティートのいっていた通りだ。
「どうするんだ?ボルト」
「朝飯がまだでね」
世界一の悪食でもある冒険屋は、傍らのミサイル弾の山に噛りついた。
「だろうな」
もはや見慣れた光景に驚く事もなく、ハードは肩をすくめ、自分も新品の手ごろな銃を選ぶと弾を装填はじめた。
が、左の指が動かないため、なかなか思うようにいかない。
自力で、折れ曲がった指をもとの状態にもどし、包帯代わりにさきほどのコードをぐるぐると巻いた。
「折れたのか?」
ほとんどの武器弾薬を食べつくしたボルトは、のんびり尋ねた。
「まあな、左で助かった・・・・ク、ッツウ」
ボルトの手前、なるべく平気な顔をして外の様子を伺う。
砦自体がそろそろ目を覚ます頃だ。
ハードは銃の安全装置を外した。
「どうするんだ?ハード」
「俺のほうは『仕事』がまだでね」
「なるほど」
ボルトは最後に残した巨大な電磁キャノンのかけらをごくんと呑みこんでうなずいた。
「俺もだ」
二人はピタリと銃口を向け、格納庫の扉をぶち抜いた。
数分後、砦はお祭りさわぎになった。

ガガガガガガガ。
銃撃のなかを、二人の影が軽々と走り抜ける。
立ち止まったボルトは振り返り様に、巨大なミサイルランチャーを複数再生し、躊躇なしに発射した。
ヒュ-、シュガガッ。
ドドドドドド!
ミサイルが収穫祭の花火のように爆音をあげ、砦を吹き飛ばしていく。
逃げ惑う賊たちには目も暮れず、二人は出口目指してつきすすむ。
その時、
ダダダッダダダダッダダダダダ
威嚇射撃が足元を横切って、二人の冒険屋を縫いとめた。
「動くな、冒険屋」
爬虫類野郎が、ティートのこめかみに馬鹿でかいマシンガンを当てて立ちふさがった。
「武器をすてろ!でないとこのガキの頭が吹き飛ぶ」
「ハードさん!」
ティートが半べそをかいて叫んだ。殴られたらしく目の上に痣をつくっている。
ハードは武器を投げすてた。
が、ボルトは動かない。無反射斜光式丸眼鏡が火炎をうつして金色に輝いている。
「頼む、ボルト。退いてくれ!」
ちらとハードを見遣ったボルトは、無表情に、しかし再生したばかりのバルカン砲をほうり投げた。
どさりと地面に土煙が上がる。
「ずいぶん派手にやらかしてくれたな。さっさと『ヴァルナ』のありかを言え!
本物は誰がもってやがる」
沈黙。
「俺だ」
とボルトがつぶやいた。
「ここにある」
ボルトは右手を差し上げるとかすかに力を込めた。

ジュルルルウ!
右手がぐにゃりと変形し、蟲が脱皮するように、金属物が浮き上がってくる。
「な、なんだ!」
爬虫類野郎が気をとられた一瞬に、ハードが動いた。
その瞬間、爬虫類野郎の右腕に、小さなナイフが深々と生えていた!
「!」
マシンガンを取り落とした爬虫類野郎がうめく間もなく、
ハードの右手が地面に転がった銃を拾い上げる。
銃声が1発。山肌にこだまする。
「へ、へへへ・・・・」
山賊のボスは、薄笑いを浮かべながら、ゆっくりと崩れ落ちた。
「ティート!、大丈夫か?」
ティートはへなへなと座り込んだが、すぐさまハードに抱き上げられ、なんとか笑ってみせようとした。
「礼を言っておくぜ、ボルト」
「いや、丁度おまえに返そうと思っていたところだ」
その右手には、古ぼけたエスプレッソマシンが乗っていた。
「奪われてなかったんですね!よかった!壊れた所はないですか?」
ティートは、機械にかけよると、あちこちを点検し、複雑な操作をして、コックをひねった。
ポタリ、ポタポタ・・・・ツー。
すきとおった水が、古ぼけた機械の蛇口からあふれ始めた。
「お、おい。本物なのか?これ。」
「一番最初の試作品なので、有り合わせの材料でつくってありますが、
れっきとした『ヴァルナ』です。
保険のつもりで、奴らに奪われてもいいとおもってました。
村には直接僕が行って規模の大きなものを作る予定だから。・・・
ただ・・・・、僕が安全に村へ移動するためには案内役を装ったほうがいいと思って。」
「・・・・どういう意味だ?」
「彼がタイタニア博士だ」
ボルトが言った。
ティートがおずおずと言った。
「ティートっていうのは愛称なんです、アカデミーの特待生っていうのは嘘で、
本当はもう研究員なんです。だますつもりじゃなかったんです、
でもそのほうが奴らの目をごまかせると・・・・怒らないで下さい」
ハードはゆっくりと時間をかけて、したたかに笑った。
「ふ・・・・はは、人は見かけに寄らない、か」
それから爬虫類野郎の腕からナイフを抜くと、『ヴァルナ』から流れ出る水で清めた。
「ナイフ、役にたったぜ。ティート」
黒い若者は、少年にナイフを返すと水の機械を抱えた。
「さて!そうとわかればさっさと村へ行こうじゃないか」
「・・・うん」 ティートの顔が明るく輝いた。

-そうとも
言いたいことはいろいろあるが、
いったん引き受けた仕事にケチをつけるつもりはない。
それが俺の流儀だから。

    エピローグ

荒れた岩だらけの急な峠を越え、下り坂になるころ。
雲一つない天空の東に、太陽が姿を表わし、早くもじりじりと彼等の皮膚を焼始めた。
山々の小さな谷合いに、貧弱ながら、人の住まう土地が見えてきた。
「俺の仕事は此所までだ」
村の入り口で、ボルトはピタリと足を止めた。
「お、おい。一つだけ聞いていいか?」
ハードが言った。
「結局あんたの仕事はなんだったんだ?奴らを壊滅させることか?」
ボルトはポケットからネジを取り出し、噛みしめた。
「俺の仕事はおまえたちの『オトリ』だったのさ」
ハードはアングリと口を開いた。
「あんたが・・俺のオトリ?あんたがそんな仕事を?」
にこりともせずにボルトは言った。
「引き受けた仕事にケチをつけるつもりはない」
そういうと彼はくるりと背を向け、もと来た道を戻り始める・・・。
ハードは唖然としてその背中を見つめていたが、やがてその口元に微笑みが浮かんだ。
それからハードは世界一の冒険屋 とは反対の道へと踏み出した。

今は、
自分の仕事を仕上げる為に。

ENDE

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