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<心拍82/1表面温度36.8代謝率ゆるやかに上昇中>
無感情な電算機の報告がとぎれることなく続いていた。
『J-28チーム、戦闘不能、後退要求がとどきました』『浪費率57%コストアップ56%』
『H-25追跡チーム!後続不可能です』『浪費率63.4%コストアップ68%』
総指揮を担当するコルチェフはコンソ-ルパネルを殴りつけた。
国家機密に属する人間の国外逃亡の謀策など、この国では日常茶飯事だ。そして、逃亡自体が不可能だということも暗黙の常識だ。コルチェフ以下の国境警備機関は、実際には国家機密漏洩と利益保持のための冷徹なSPセクションとして巨大な兵力をもち、鉄壁の国境線を強いていた。
しかし、今回は違う。
工学博士イリーナ・セドレギナの逃亡が発覚して3日。当初はすぐに捕獲回収がされると予想されていたが、目標の回収に派遣されたチームはことごとく壊滅している。コルチャフは、ついに派遣兵力をレベル3にまで上げた。しかし・・・
『J-21チーム戦闘不能!撤退要求がとどきました!』『浪費率72%コストアップ76%』
「イリーナのやつ!化け物でも雇ったのか?」
国家利益に忠実な男の焦燥をまったく無視して、無感情な電算報告はとぎれることなく続いている。
『ZKUOX飛空艇撃墜!』『浪費率73.6%コストアップ78%』
『撃墜前に採取された映像データが転送されました』
「うつせ!」
コルチェフが腹だたしげに叫ぶ、と、壁の一面にスクリーンが出現し、鮮明なデジタル画像が、広大な白銀の荒野を映し出した。画面中央には豆粒ほどの二人の人影。みるまにボリュームがしぼりこまれ、画像がズームされる。 回収目標 =黒髪で 細みの美しい女の顔には、コルチェフも見覚えがあった。この国の科学雑誌などに写真がしばしば載っている重要人物。なかなかの美人だが、国家にとって彼女の真価はその外容ではなく生産性にあるのだ。
そしてもう一人は コートの男。
『同行中の人物にかんしては検索中です』
「やつらの位置は?」
『6:14に2553,1141,162。国境まで22Kmです。』
「くそ!ダネルカス山脈を突っ切るつもりだ!回収のメリットは?」
『11:27現在で残額679250900リドです。回収続行しますか?』
コルチェフは、ギリリと歯をかみしめた。日常茶飯事のはずが、とんでもない貧乏くじになりかけていることに漸く気がつきはじめたのだ。しかし障害はたった独りだ。もはやあとには退けない。 博士の頭脳だけでも、なんとしても回収しなくては-。
「続行だ!次回のパルスを捕捉しだい、兵力をレベル2へ。ボーダー99までアップする」
『検索終了しました』 と電算報告が落ち着いた様子で告げ、画面がさらにズームアップした。
気違いじみた真紅の斜光式丸眼鏡!
紫色の鋭い瞳までもが、大画面に鮮明に映し出された。 緑色のロングコートに軍用ブーツ。銀色と見まごう蜜色の長髪が爆風にあおられていた 。すらりと見事な体躯で庇うように女を抱えこみ、右手には旧式のバズーカを掲げている。 むろんこの国の兵士ではない。不敵にもはるかに遠いカメラのレンズを凝視するかのように真直ぐに見据えていた。
「 ばかな!あんなバズーカで 飛空艇を打ち落としたとでもいうのか!・・・何者だ?」
『国籍・年齢不明。民間の冒険屋。ボルト・クランクです!』

 

 

『Prison of Pulse -鼓動の牢獄-』(EAT-MAN Lavion iv)

 

 

 

<心拍92/1表面温度37.1代謝機能上昇中>
白銀の新雪に輝く大地が、光りをゆるめる。傾きかけた太陽を巨大な廃空艇がしばし遮ぎり、ゆっくりと南の斜面に姿をあらわした。
死せる貴婦人-飛空客艇ラヴィオン
美しい船体は、無残に中央から打ち砕かれて真っ二つにちぎれ、虚無のように暗いはらわたをさらけ出していた。しかしその破片の一かけらも、天空より墜ちたことはない。手が届きそうな錯覚におちるほど低空を流れ、 まるで巨大な生物でもあるかのようにゆっくりと大地すれすれを移動していく。
・・・そうではない。ラヴィオンが大地に近いのではなかった。
彼等のいる場所が空に近いのだ。
「こんな斜面を登るの?!」
挫いた足をひきながら、なんとかボルト・クランクの後をついてきていた工学博士が、息をはずませて半べそをかき、美しい眉を歪ませて言った「もう・・・だめ。どだい、やつらから逃げようというのが無理・・だったの」
ボルトは何も答えず、彼女をぐいと抱え上げると、背中に背負って道無き道を登り始めた。
「やめて、下ろして!あなたのほうがひどい怪我してるのに!」
彼女のいう通りだった。ボルトがかき乱した真っ白な雪には点々と、真紅の液体がまきちらされていた。ボルト・クランクの分厚いコートのバックルがとばされ、その左肩に銃痕が2発。先刻の戦闘で受けた傷だった。そこから、彼の鼓動を教えるようにゴブゴブと鮮血があふれ、腕をつたって垂りつづけているのだった。
だが、彼女が雇った冒険屋はそれ以上答えない。黙々と彼女をかついだまま、さらに銀色の斜面を上っていく。一足ごとに彼の軍用ブーツがずぶずぶと新雪に沈みこみ、進めば進むほど身体に重たくまとわりついてくる。しかしボルトは息も切らさず、ラッセル車のように豪雪の中を押しすすんでいた。
研究所から脱出して3日目。敵はほぼ半日に1度、確実に二人の位置を捕えて襲撃をくりかえしていた。しかも人里を離れ国境に近ずくにつれ、攻撃も激しさをましていた。
「もう無理よ。やつらは諦めてくれない。それどころか、どんどん兵力を増やしてる・・・。あなただけなら逃げ切れるし、私を奪回すればやつらもあなたに興味はもたないわ。おねがいだから、あなたの武器が底を尽きる前に私を・・・」
だが、冒険屋は別な空気の振動に反応していた。獣のように一瞬全ての筋肉を痙攣させたかとおもうと、すぐさま方向をかえ、信じられない速度で雪を押し退け、岩壁の雪だまりの陰にイリーナを下ろした。それから、風のように雪の斜面を滑りおりると、上空の開けた場所に立ち、右手を掲げる。
クー・・キュオン!
一瞬に光りが凝り、その腕からブラスターキャノンが出現した。彼はキャノンを軽々と反転させ、肩にかつぐとロックを解除した。ブラスターの照準が赤く輝き、エネルギーが充填される。
ヒイイィィィィィィンという、音速空艇独特のエンジン音が聞こえたかとおもうと、雪面に不吉な影をおとした軍用機が冒険屋の姿を捕え、鋼色のカプセルを投下し始めた。
銃撃と爆撃!
一瞬にして白銀色の大地に黒煙と炎の柱があがる! 無数のカプセルは、地上落下と同時にギュンとほぐれ、人型戦車となってボルトに突進する。が、その多くは攻撃の間を与えられることなくつぎつぎにボルトのキャノンに撃ち抜かれ、爆発し、雪面に沈みこんで、ガラクタに変貌していった。
地上の敵は、見る間に一掃され、母体の飛空艇とボルトが対峙したとき-
ボルトの視界に、イリーナの姿が飛び込んだ。
「攻撃をやめてっ!わたしはこっち!わたしはー!」
イリーナがいつのまにか、雪だまりから飛びだし、飛空艇にむかって 両手を広げて叫びをあげていた。その姿を見逃さず、小型艇3機が向きを変え、低空飛行で、彼女をとりかこもうとしている。
ハっとしたボルトは照準をかえ、進路を遮るようにキャノンを撃った。
2発!3発!!小型艇はそれぞれあわてて迂回する。
4発・・・5、6。
ボルトは軽々と走り込むと、船体が照準範囲に入った瞬間を逃さず、1機の腹のど真ん中に打ち込んだ。そしてもう1機。小型艇は空中で爆発し、火のついた重油と鉄屑が、空から降ってくる。だが3機目は回避しながら、なおもイリーナに向かっていた。ボルトはもう一度引き金をひいた、 が・・・。
銃の反動がない!
弾切れだ!
ボルトは躊躇無くキャノンをほうり出すと恐ろしい速度で駆け出し、ロングジャンプしてイリーナの身体を抱えこみ、雪の斜面へスライディングした。
ダダダダッダダダダダダ。機銃の音とともに、二人がスライドした 雪面がバッタの様に飛びはねた!
斜面を転がりながら、ボルトの右手が輝き、大ぶりのショットガンがとりだされる。
ドン!ジャコ!!ドオン!ジャコ!!
4発の散弾がほぼ同じ位置の装甲を撃ちぬく。続けて取り出した24mmの旧型モーゼルで5発!奥の燃料タンクがついに火を吹いた。小型艇はそのまま谷底へ落ち、火柱を上げる。ボルトは、さらにモーゼルを投げ捨て、イリーナを抱えたまま仁王立ちに母艇を見上げ右手を大きく上げた。
シュオン!
さきほどのキャノンよりさらに巨大なランチャーが出現した。
「喰うのに6日もかけたんだが!」
ボルトはいまいましげにつぶやくと、虎の子の引き金をひいた。


続く