「あれは狂っている」
外界と遮断された特別室は、柔らかな光にみたされ、カテドラルのごとき静寂につつまれていた。
ベッドに横たわった老醜が宙をにらみつけながら、つぶやく。
「もはや語るものも無いが、あれが生き残っているうちは、私は・・懺悔さえ許されまい」
毛布の上に投げ出された骨と皮だけの左腕からは、いくつもの透明な管が生えだし、
先端のターミナルを経て生理食塩水やブドウ糖や強心剤や、担当医にさえ正体のわかっていない高額な延命薬がつまった壜をたわわにみのらせている。
死の床にある者は、自由なもう一方の腕を苦労して動かすと、擦り切れたIDカードを取り出した。
「報酬と武器はそこにある。閉鎖されたラボで、今は誰も・・・」
すい、と手袋をした男の右手がIDカードをうけとり、何も言わず傍らを離れ、ドアを開いた。
ドアのむこうー
生と死の喧騒を繰り返している患者たち。下界の忙しさに汗だくの医師と白衣の天使たち。
だれひとり、出口へとむかう男の風貌を気にとめるものはいない。

『善き者の井戸 ーWell’s Wellー』(EAT-MAN iv) 乃川りべっと

曇り、か。かといって雨の望みはまったくないねえ。照りつけないだけまし。
よっこらせ。
ベッドとは名ばかりの木の棚からトスンと下りる。
礼拝堂におりて、朝の祈りを済ませ、再び部屋に戻り、着替えたばかりの修道服を脱ぎ、シミーズのボタンを外し、素肌に汗取りTシャツをはおる。
男物の作業着に袖を通し、長い髪を古いリボンで、縛り上げる。
作業着 は、もとは厚手のズック布で縫製されたものだが、すっかり年代物になってしまって、擦り切れズタボロ。ていねいに洗われ、干され、柔らかくて着心地は良いが、修道服よりブカブカだ。
チョンぎってツメてしまいたい気持をグッとこらえて、毎朝、袖をパタパタと丹念に折り返す。そして、裾もパタパタ・・・。
それから長靴をはき、階下で眠っている病人を起こさぬよう、充分注意する。靴もこれまたおおきいので、この技は難しいが、彼女は猫のように忍び足で納屋へ向かう。もうすっかりなれたもの。納屋の扉横には、見事な青銅の大鐘が、無造作に転がされている。もとは教会の高見にあったものだ。鐘をよけて、すき間から扉をあける。うん。いつか扉を反対側につけよう。さもなければ蝶版ごとハズしてしまえばいいかもしれない。ぬすまれるようなものはないし、そのほうがずっと便利だし、鐘に身体をこすりつけなくてすむ。
と、おもいつつ毎日ぐるり。
納屋の中には、ツルはし、シャベル、カンテラ、スコップ。
どれもこの土地で亡くなった父親の遺品だ。
「ねえ〜シスタ・ミカエラ。今日はやめようよ、明け方も谷に何回も天罰の雷さまがおちたぜ。そろそろそういう時期だ。村の連中もおびえてて、今日は畑にもでてないし」
いつのまにか納屋の前には、眠そうな眼をこすりながら、ポーサが待っていた。
「ただの雷でしょ?天罰なんかじゃありません」
ミカエラは、肩にシャベルを担ぐと、にっこり笑い、わざとコンコンと鐘をたたいた。
「この鐘だってそう。天罰で落ちたのじゃないわ。雷は金気におちるのですから。天罰なんて失礼な話。迷信ですわ」
「じゃあ、シスタの見た夢の御告げは、迷信じゃないの?」
聞こえなかったかのようにさっさと歩き始める。
ポーサは不満そうに数歩遅れて付き従った。
「無理に手伝ってくれなくても大丈夫ですよ」
「お、俺は無理じゃねえ。それに御告げ通りになればいいとおもうよ!シスタは頑張ってるから。ま、今年も、うちは畑仕事はもうだめだし。夢のおつげがホントならもっといい。でも、いつまでもつきあってはやれねえよ。村の連中の手前もあるからさ」
ミカエラは慎重に言葉を選んでいたが、あきらめて、とにかく笑顔をみせた。
「水は出ます。神様がそうおっしゃるのですから」

谷へおりる。
幾何学に浅く掘込まれた穴だらけ。刈れ草がこびるついたむき出しの地面には、再三の落雷で打ち砕かれた現代的な工作機械の残骸が、赤い錆血を浮かせてころがっている。特に今日の夜明けは村人のいう『天罰』がはげしかったようだ。ゴムの焼けるような匂いが、まだ周囲にのこされていた。
ちょっとぞっとする風景のその奥にあるのが、ミカエラの掘っている『穴』。
まだ『井戸』じゃない。
梯子かわりの結び目をつけた縄を降ろして、一歩づつ慎重におりていく。かれこれ、50メートルは掘れただろうか。だが穴の底はまだまだ、かわいた石ころばかりだが・・・

プニ!

『プニ?』ギョっとしたミカエラは思わず降ろしかけた足を上げた!おそるおそる下を覗く・・・。
人が居る!
ヒビのはいった斜光式丸眼鏡をかけた大男が、穴の底に仰向けに転がっている。ミカエラが踏んだのは、この男の腹だったらしく、ズタボロにちぎれた緑のロングコートの下の白いシャツにくっきりとドタ靴の足跡がついていた。
「す、すみません、踏みました!、あ、あの・・・生きていらっしゃいます?」
「・・・ああ」
低くひびく声。
「な、なにしてるんですか?こんなところで」
ミカエラはおどろきながらも、引きつった営業用の微笑みをうかべて尋ねた。
男は、なにやらカリカリ噛んでいたものをコクンと飲み込むと、ぼそりとつぶやいた。
「・・・落ちた」

ボルト・クランクと名乗ったこの男、幸いずいぶん頑丈に出来ていた。
あれほど、深い穴に落ちたにもかかわらず、左足を少々くじいていた程度で骨に異常はなかった。頭部や腿の裂傷も、彼にはかすり傷程度らしい。
実際、今日一日地上に上がろうとはせず、ブルドーザーのような勢いで日没まで穴掘りを手伝ってくれた。その替わり一晩泊めてくれという。ミカエラは失礼が無いように注意しながら男を観察した。ぶ厚いコートは大きく千切れ、爆風にあおられたかのように、煤けて焼けた様にも見える。穴に落ちた時の損傷ではなさそうだ。
・・・あるいは、追われているのかもしれない。
ま、いいか。
これといった武器も持ち合わせない様だし、危害はなさそうだし。
第一困っている人を助けるのも御仕事なのだから。
というわけで、ボルトは軽く足を引きずりながらも教会まで歩いてついてきた。本堂には寄らずに、納屋へ案内する。扉の脇の大鐘を擦り抜けて、中へ・・・。甘い乾し藁の香が鼻をくすぐった。
「今日は本当にすみませんでしたね、ボルト・クランクさん。でもおかげでずいぶん捗りました。やっぱり男の人は力が違いますね。・・・寝床といってもこんなところですけれど。教会の中よりはかえって居心地が良いと思いますわ。・・・みた通りあまり裕福な教会じゃ無いの」
ボルトは天井に頭をぶつけないように注意しながら、納屋の中を観察し始めた。
ミカエラは洗いざらしの清潔なシーツを持ってくると、手馴れた様子で藁山の形を整え、ボルトの身長を考慮して少し大きめの寝心地のよさそうなベッドをこしらえた。
ボルトはズタボロのコートを着込んだまま、藁のベッドの上に転がった。両手を頭のしたに組んでみると、少し笑った。
「悪くない」
「そうですか?よかった」
と、ポーサが、鍋を片手に窓外から顔を見せた。
「シスタ・ミカエラ!差し入れだよ。アメデロの肉シチューだ」
ゲ、
ミカエラは内心、焦燥した。そんなゲテもの、お客さまにだすもんじゃない。けれど、ポーサの好意も無駄に出来ない。彼女が躊躇しているうちに、ポーサは扉のすきから、入り込んだ。
「アメデロ?」
ボルトが起き上がってけげんそうに聞き返すと、ポーサは得意そうに鍋を差し上げた。
「俺がつかまえた大アメデロだあ。これの肉は精力剤さ。怪我なんかすぐに直る」
「あ、あのう、アルマジロのことです。固い甲羅をくりぬいてチャランゴっていう楽器にするよ。街で高くうれるのだそうです。ポーサはつかまえるのが得意なの」
言われてポーサは嬉しそうに、鼻をすすった。
「っへへ。仕留めるの大変なんだ。身体中固い鱗でよ。弓やテッポで撃ったぐらいじゃ、怪我もしねえ。逃げ足も早いしよ、すぐに穴にもぐっちまうんだ。村の奴はみんな逃げられちまうんだぜ」
「・・・ほう?」
ボルトは、ポーサの得意そうな様子に興味をしめして向き直った。
「じゃあ、どうやって仕留めるんだ?」
ポーサは、街から来たらしい大人の男が、自分の話に関心を持ってもらえたことに少々興奮しているらしい。耳を赤くして、トクトクと話し始めた。
「秘密だぜ?えへへ、うんと長い棒の先を削って、そこにエサをつけるんだ。で、奴が食おうとおもって、口をぱっくりあいたときに、その棒を突き立てる!な?口の中はやわらかくて鱗はついてねえから、腹ワタまでぶっすりつきさしてやるんだ。ヤツはくるしがってあばれるけど-」
「肉はくせがありますがやわらかいわ。めしあがります?」
ミカエラはポーサの話をさえぎって、鍋の蓋をあけた。
これ以上武勇伝がつづくと、食欲も失せる。
無造作にぶつ切りにされた、小動物の肉が、油や灰汁といっしょになって塩スープに浮いている。
男は怪訝そうに鍋を覗き込み、やがて「・・・悪いが」とつぶやいた。
・・・まあかなりグロテスクな代物だもの。それに今の話をきいちゃ・・・。
「ん。無理なさらなくていいわ。慣れないと口にあいませんし、実は私もあんまり得意じゃありませんの。神父様に差し上げましょうね、ポーサ。身体が暖まるって、およろこびになるから」
「入口のまえをふさいでいるアレはなんだ?」
ボルトはドアの向こう側に視線を投げた。
「鐘よ」とミカエラは、にっこりした。
よけいな話はしたくなかった。
「地面にあっては、ただのガラクタですけれど。じゃあ、ボルトさん。夕べの祈りがすんだら毛布と、なにか食べられそうなもの持ってまいりますから」
「・・・食べ物は適当にする。きにするな」
「そう?・・・わかったわ」
ミカエラは軽く返事をした。
そして、なんとなくうきうきしながら、ポーサを連れて、スープ鍋を手に、老神父の部屋へ向かった。

  小さなミカエラが叫んでいる

  灼熱-

  乾いて光る地面の上にそそり立つ父さんの大きな大きな背中。

  『父さん、父さん?』

  シャベルをつきたて、土をすくって、すこしずつ

  『父さん何をしてるの?何が出てくるの?』

  -街さ。大きな街を掘っているところ-

  父さんのシャツがぐっしょりぬれている。日に焼けた腕。白い歯。

  『暑いな。すこし、やすもうか。水を一杯くれないか?』

  うん!と、駆け出した瞬間、轟音共に世界が光りに満たされる。

  全てが一瞬に色を失う。

  『父さん!』

  叫ぶ。父のすがたはない。

  そしてふりかえると、もっと大きな男がたっていた。

  斜光式丸眼鏡の男。

  千切れた緑色のコートの切れはしが、ふわ、と地面におちる。

電流を這わせたように、身体をビクりとせて、ミカエラは跳び起きた!
夢だ。
いつもの嫌な夢だ。
ミカエラは、ふうとため息をつき、ベッドからトスンとおり、窓から夜空を見上げる。
朝とうって変わって、満天の星が、天蓋を飾り付けている。
だが、天候に関係無く、雷はふるのだ。
神様は忙しい方だ。辺境のシスターの枕元にちょくちょくいらっしゃるはずはない。
だが、井戸を深く掘れば水は出る。迷信でも奇蹟でもない、
学術的見解。
荒れた土地だ。村の人は半日かけて水を買いにいく。けれども。
昔は黄金の国だったと亡くなった父が、よく言った古代、ここには地下神殿が存在した。いまもなお放棄された都市が埋もれている。少なくとも父は信じていた。信じた夢を掘り続けていた。
「山をごらん。雪がとけて、地面に吸われる。1メートル染み込むのに1年かかる。染み込みながら低い位置へ流れ込む。岩盤をつたって地下水層が出来る。古代の人はその水の在りかをしっていたのさ。かつて、ここには黄金の国があったのだよ」
発掘作業中、落雷があって・・・、
頼るもののなくなったミカエラを教会の老神父が引き取った。
半月後、今度はその教会の鐘が打ち落とされた。
それ以後この土地には、この季節恐ろしい落雷が起きる。
先祖の土地を荒した天罰だとみんな怖がった。
ミカエラを引き取った教会に来るものもめっきり減った。
街は見つからなかった。
けれども山々の雪は見えている。雪は溶ける、岩盤をつたって、低いところへたまる。奇蹟でも何でもない。|
地理的考察。
でも、奇蹟が起これば教会は復旧出来る。岩盤のところまで掘ることが出来れば。
問題は、何年前の水なのか・・・?だわね。
「どうせ、ほかにすることなど無いの」
声に出してつぶやいてみた瞬間、ミカエラは夢の最後がいつもと違ったのを思い出した。
緑色のコート。爆風にひき千切れた・・・。
ドキンと胸がなって口の中が苦くなり、不安な気持ちで窓の下を覗く。
もう夜明けが近いと言うのに、納屋の扉は開き、明りがついていた。

ミカエラは、小さく息を荒げながら、寝間着の上から修道着を羽織たままで、小走りに道を急いだ。
紫紺の空が、薄桃の湿りを帯びはじめ、満天の星が、すこしずつ溶けていく。昼の暑さとはう
てかわって、夜明け前は空気が凍るようだ。
納屋は、からっぽだった。
あの男、こんな時間に出かけたのだろうか?あるいは逃げたのか。
いずれにせよ、今の時間は、危険だよ!
ミカエラは、踵を返すと、納屋の外に飛び出し、それからなにか違和感を感じて振り返った。
なにかがたりない。
扉が完全に大きく開き、そのかたわらの地面には魔法陣のような丸い模様だけが残っていた。落雷はいつも夜明け頃だ。通い慣れた窪地を器用につたって、まだ薄暗い谷をキョロキョロ見渡ながら歩く。人影は見当たらない。もう谷を抜けてしまったのだろうか。

プニ!!

きゃあっ・・・
ミカエラは予想外の感触に、左足を引っ込め、それから、ペタっと座り込んだ。
踏んでしまった大きな物体は、仰向けのまま大の字に地面によこたわっている。腹部の白いシャツに、ミカエラの小さな足跡が一つ。
だが、それは身じろぎ一つしない。
ミカエラはこわばった喉を無理に呑むと、ようやく声を出すことに成功した。
「す、すみません、踏みました!、あ、あの・・・生きていらっしゃいます?」
「・・・ああ」低くひびく声。
ミカエラはようやく、自分の身体の隅々に血がめぐるのを感じて、安堵の息を吐いた。
「な、なにしてるんですか?こんなところで、」
「空をみている」
「空、ですか?」
座り込んだままのミカエラも、怪訝そうに空を見上げた。何が見える訳でもない。よく晴れた夜明け。雲一つ無い。満天の星の数ももはやまばらだった。東の空がすでに輝き始めている。
今日もうんとこさ、暑くなるなあ。
と、間の抜けたことを思いつつ視線を落とし、ボルトの横顔をみる。やわらかそうな蜜色の長髪がゆるやかに流れ、整った頬にかかっている。
へえ。
無愛想だが、このひとすごいハンサムなんだ。眼鏡とればいいのに。
「何をしにきた?」
え?あ。
ミカエラは耳まで赤くなった「あ、・・・の。そう!鐘がないの!」
「ああ、それなら」ボルトは空を見つめたまま「食った」とつぶやいた。
「食ったって?」
ボルトはそれには答えなかった。ガバっと起き上がると、突然ミカエラを腕に抱きかかえ、一即にかけだした。
その瞬間、轟きをしたがえた閃光が大地をさしつらぬいた!
ザン!バリバリバリ・・・
1発!続けざまに2発!!青白い雷は、まるで意思があるかのように、ボルトを射る!!
ボルトはミカエラをかかえたまま、雷をかろうじてかわしてひた走り『穴』に飛び込んだ。
ズガガガガッ・・・
乾いた砂利と埃がまきあがる。けして広くない穴壁に、ボルトは身体と足を押し付け、落下速度をゆるめようとした。それでもミカエラの身体をコートでくるみ、両手でしっかりとかばって放さず、自分の背中を下に向ける。
「キャアア!」ミカエラは眼をつぶった。
ドガン!!大きな衝撃。
パラパラと落ちてくる小石。それから静寂。
ボルトはなにもなかったかのように、ミカエラを抱きかかえていた右手を延ばし、ポケットをさぐった。銀色のネジを1本取り出して、確かめるように見つめると、口に押し込む。
『カリッ。ポリポリ』
ミカエラは、おそるおそる眼をあけた
目の前に、ボルトの顔があった。眼鏡がずれて、澄んだ鳶色の瞳がのぞき、はるかな地上に穿たれた丸い空を映しこんでいる。ボルトは、ミカエラを身体の上からおろすと、眼鏡を押さえ、巨躯を起こして言った。
「あれが見えるか?」
ミカエラは、もう一度空をみた。深い井戸のそこから見るためか、地上でみるより、はっきりと、星が輝いている。さきほどは見えなかった小さな赤い星が、今まさに天頂に輝いている。
いや、あれは星ではない。
な、に?
あれ動いている?
「反射装甲衛星砲ゴネリル」ボルトがつぶやいた
「あれは狂っている」

「ゴネリル・・・軍事衛星?」
ミカエラもその名は聞いたことがある。
遥か以前の大戦で使用され、無差別攻撃の卑劣さゆえに全面廃止の相互条約がとりかわされたキラー衛星群の名前だ。はるか昔に全て解体された。
すくなくとも歴史上はそう記録されている。
「でも、どうして?こんな辺境の荒れ地をー?」
「街があるからさ」
『黄金の国だ』彼女の脳裏で父が笑った。
『古代の人々はこの地に巨大な地下神殿を建造したのだよ』

あ!


父の学説は正しかったのだ。父の夢はこの下にあるのだ。
本当にあったのだ。
ボルトは立ち上がった。焼け焦げたコートはさきほどの荒業で、いっそうズタボロになっている。まさかこの男、夕べも・・・?
ボルトは、右手をミカエラに向けた。「わるいがしばらくじっとしていてくれ」
ズリュ!巨大な金属の器が出現し、ミカエラをスッポリと覆った。
「な、駄目だよ!ボルト!逃げなきゃ!かないっこない」
暗闇の中、ミカエラは混乱しながら自分を取りかこむ壁を叩き、その手触りに驚愕した。
青銅だ。
ボルトは、ミカエラを閉じ込めた鐘の上に立つと、今度は右手を高く掲げた。
「鎧はかたいが・・・」
ズオオオオッ!彼の右腕が一瞬に巨大な量子粉砕砲に変化を遂げた!
にい!とボルトは笑った
「開いた口は柔らかい」
カッ!!!
赤い星が、ふたたび雷を放った。同時に井戸の底から、激烈な光の柱が吹き上げ、天空を貫いた!

地表にお日様が顔を見せ、大気が熱を帯び始める。いい天気だ。
祈りをすませ、作業着を着こみ、納屋に降りるとポーサが眠そうに待って居る。
「今日も行くの?シスタ・ミカエラ。村の人にまかせればいいのにって神父様もいってたよ」
「いいえ!」
ミカエラはにっこり笑った。
「ちゃんと自分でやるわ。それよりポーサ。お願いされた仕事すませたの?」
ポーサは、ちょっと不服そうに口をとがらせる
「チェェ、まだだよ。シスタが見たいだろうとおもって。わざわざ待っていたのにさ」
「駄目よ、定刻通りにしなきゃ。みんなにもうしわけないでしょう?」
「まあね。直してくれた神様にも、だろ?」
と、ポーサが礼拝堂へ駆け出す。少しづつだが、村の連中が修繕をし始めてくれた。その高見にはあの、大鐘が吊られている。
ミカエラはクスと笑った。
「ちがうとおもうけどね」

あの日、気がつくとミカエラはベッドに寝かされていた。
興奮したポーサがくりかえし説明していた。
「神様だよ俺見たんだ!緑色の羽をはばたかせた神様が天辺に上ってさ!あのでっけえ鐘を手の上に乗せて-」
ポーサが見つけた時には、ミカエラは礼拝堂の真ん中に、緑色のボロ布にくるまれて横たえられていたという。すでに日は高く、周囲には神父様や、村長たちがミカエラを見守っていた。そればかりか階下には村人たちが、興奮した様子で集まっていた。

ま、いいか。

自分はやるべきことをやればいい。
スコップを手にとり、肩に担ごうとして、思い直す。
そっと藁の下に腕を入れ、修繕したコートを取り出す。
袖をとおす。
襟をととのえ、それからぶかぶかの袖をゆっくりと折り返す。
パタパタパタ・・・
水脈まで、きっとあと少しだ。
あるいは、別の夢が先にみつかるかも・・・。

にしても、
なんでボルトは街があることを知っていたのだろうね。
もしかすると本当に・・・。
ふう!!一つ、深い息をすると、納屋の扉をバタンと大きくあける。
強い日差し。ヒャーー。暑くなりそう。
「やるぜ〜〜。シスタ・ミカエラ」
高見下で、ポーサが叫んだ。
乾いた空に、鐘が高らかに鳴り響いた。

                   <ENDE>   


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