狼は、敵の疲労を粘り強く待って一斉に攻撃をする


その習性を子供の頃からよく知っているクロウリーは、彼らの相手をまともにするつもりは初っ端からなかった。相手をしても得る物は何もない上に時間がかかればかかるだけ、こちらが不利になる

ラビ達が空に消えるのを確かめたアレイスタークロウリーは、躯にまとわりつくそれを 大釜で麦を刈るように腕で鋭く薙ぎ払い、さらにしつこく腕に噛み付いていぶら下がっている一匹を、自らの肉がえぐられるのにもおかまいなしに無造作に腕からむしり取ると、ブンと音がするほど乱暴に狼の一群に放り投げ込んだ。

ギャウン!

投げ飛ばされた狼が負け犬のような悲鳴をあげる。

クロウリーは、自由になった四肢を大きく張り、ザフ!と衣の裾を大きく翻しながら、白い髪を獅子王のたてがみのように震わせ、肉食獣をしのぐ大きな牙をむいて、割れんばかりに咆哮した。

グうおおおおぉぉおあおおおおおお!


その威圧感に一瞬、狼達の動きが鈍る。

とみるや彼は、ぐん!とひと蹴り大きく跳躍すると色の無い森の中を黒い風のように走り出した。その速度は影のように人の目では捉えられぬほど。

三十六計逃げるに如かず。

しかしその尋常でない速度に振り切られる事無く、無数の灰色の獣達がまとわりつき、執拗に攻撃を仕掛けてくる事は予想外だった。クロウリーが知る限りの狼の身体能力をはるかに超えたその獣たちは、彼に攻撃され、深傷を負っても執拗に攻めてくる。まるで暴走するかのように。

狼は、並走しながら次々に襲いかかり、身体を強化している彼にわずかずつも確実な傷を負わせつづけていく。


「しつこい犬どもめ!」

クロウリーは毒づきながら、先ほどえぐられた傷からあふれる血をベロリと舐め、不敵な笑みで大きな牙をかみしめた。

ざざざざざざっ

しかし、霧の中で木々をよけながらの移動にこれ以上の加速は難しい。

彼は大地を強く蹴り、びょう!と跳躍すると、枯れ果てた森のひときわ高い木に飛び移るや、大きな枝に立ち、下を見下ろした。

グルルルウ

ギャワウウ

一瞬にして、獲物を見失った狼達が、未練たらしく唸りながら巨木の下をうろうろするのが見える。

狼はイヌ科の生きものだ。猫のように木を上る事はできない。木に向かって跳ねるものあるが、ずるずると無様に滑って落ちた。

「ふん、しょせん獣か」

あきらめて去っていく狼の群れを見下ろしたクロウリーはほんの少しだけ小気味良さそうに笑い、発動した時独特のひきつれた頬をゆがめたが、すぐに真顔に戻った。

(奴らの異常な様子も、今回の事件と何か関連があるのだろうが、…にしてもあれらが狼男の正体と言う事はあるまい)

先に逃がしたリナリーとラビの事も気にかかる。

まずは彼らを捜すべきだろうか、あるいはシルベリとやらの住まう場所を目指すべきか。

やがて風が吹き始め、次第に薄くなり始めた霧の上空に、かすかに光る月の明かりを見上げながら、クロウリーは、とても重要な事に気がついた。

「しまった。方向がわからなくなった………である」

彼の白い前髪がしゅん、と額に乱れおちた。




煌々と冷たい月の光を浴びて飛ぶラビとリナリーは数分で村の上空に戻っていた。

「ラビ、怪我は痛まない?早く手当てしなきゃ」

「大丈夫さ。それより早く村の誰かに銃を借りないと」

「銃って?銃なんかどうするの?」

狼に腕を噛まれたラビは、溢れ出る血を止める為に、もう一方の手でその傷口を握り絞めていた。その激痛でやや青ざめながら説明した。

「あの狼たち、もしかしたら狼男に関係してるかもしれないさ。地元の連中はきっと狼男よけのアイテムを隠しもってるはず。それが迷信だとしても無いよりはましさ。それに狼は鉄と火薬の匂いを嫌う。どっちにせよ、なにか役に立つ武器があるはずだ。

クロちゃんのときも村の連中は、役に立つ訳じゃねえが、杭だのニンニクだの、いろいろ準備してた。

もう一度あの村にいきゃあ、きっと在る。情報と銃と銀の弾丸が」

「銀の?」

「ああ」ラビは真剣にうなずいた。

「狼男には、聖別された銀の銃弾とか銀の十字架じゃないと効かないって通説がある」

リナリーはずっと言い出しかねていた言葉を口にしてみた。

「ねえラビ、気になっている事があるんだけど」

「なんさ?」

「狼男の場合、噛まれても…狼男にならないの?」

リナリーのメルヘンな質問に、思わずラビは笑った。

「ああ。それは大丈夫」

ラビは安心させるように白い歯をみせてにっと笑い、

それから自信なさそうに

「たぶん」

と付け加えた。


村の広場にふわりと降り立った二人は、手近な家のドアを片っ端にたたいた。

「開けてくれ、助けてほしいんだ!」

「すみません。旅の者ですが、力を貸してください」

しかし、どの家のトビラも硬く閉ざされ、内側から錠が下ろされていて、物音一つしない。夜更けという訳でもないのに、窓に灯もなく、家の奥で息を殺して居るようにみえた。

月明かりの中、ものの半時も経たぬうちに小さな村のほとんどの家を周りきってしまった二人は、結局一番村はずれにたどり着いた

「だめ。どの家も開けてさえくれない」

「くっそ、満月だからな。狼男を恐れて息をひそめてやがるんさ」

「どいつもこいつも、ヨソモンは勝手に食われろって奴らだからな」

突然、彼らの後ろで人の声がした。

振り返ると、いつの間にかそこに一人の若者が立っていた。

年の頃はラビ達と同じか、少し上。村のものにしてはなかなかの二枚目だが、牧歌の育ちが少しだけ幼く感じさせるのだろうか。出で立ちからすると、羊飼いのようだ。ぼさぼさの髪とほんの少し自信の無さそうな眼差しが、ラビの勘に触ったが、彼は思わず走りよった。

「頼む。銃とか、なんかもってないか?森で仲間が襲われてるんさ、狼をおっぱらいたいんだ」

「狼に?」

ラビの言葉を聞いた青年は、一瞬強張った表情をみせたが、あきらめたような声でいった。

「そいつは気の毒だけど、たぶん助からないよ。この辺の狼は凶暴なんだ。特に満月の夜は…」

彼は空を見上げた。

「あんたら、昼間シルベリ様の事あれこれ、調べてたって人だろ?

こんな夜は村ん中だって、狼が来ることあるんだぜ。あんたも大怪我してるじゃないか。なんなら、今夜は俺の小屋にとめてやる。羊達と一緒じゃ、厭かもしれないが、そこらで野宿するよりは安全さ。このまま、館に行くのはあきらめて朝をまって帰んなよ。悪い事は言わない。あそこに向かうなんて命とりだ。シルベリ様にちょっかい出すのはやめたほうがー」

「ねえ、羊飼いさん」

リナリーが口を挟んだ

「狼男は本当に、ほんとうにいるの?」

ストレートな問いかけに、羊飼いは一瞬躊躇したように思えたが、しっかりと強い口調で

「ああ、本当さ。狼男は存在してる」

と言った。

真顔で答える彼の、その首にかけられた革ひもの先には、弾丸状の銀色の玉が揺れていた。


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