この作品はゲーム『奏者ノ資格』準拠です

 

「本日快晴。桜日和っと。おお、富士山がよく見えるっちょ」
オイラは、髪を後ろで束ねながら、よく晴れた空を見上げた。
縁側に出て草履を履き、ついっと襟をただして帯をポポンとたたく。
人間の娘がそうするように。
「じゃあ、ちょっとお使いにいってくるっちょ クロス マリアン。
っていうか、たぶんこれでお別れってことだけれども」
深い意味は無い、ただ事実を言ってみただけ。
改造アクマに感傷なんて言うモノは存在しない。
ふすまの奥から、酒を飲み干す吐息が響き、低い声が飛んできた。
「バカ弟子どもによろしく伝えてくれ。おっと、サチコ、それから。これもってけ」
ふすまの隙から、空っぽになった酒瓶が飛んできた。オイラはそれを空中で掴みとると、おもいきり口を尖らせてぼやいた。
「えー?酒を買いにいってる暇はないっちょよ、マリアン。
とっとと出かけないと…オイラ、もうすぐ自爆するし」
「詰めるのは酒じゃねえ」
ふすまが大きく開き、クロスマリアンがすいっと陽射しの下に顔を出した。
「お前の血だ」

 

 

DOLCIUMI ROSSO
 

 

 

「近寄るな」
満開の桜の木の下にうずくまって、苦しそうな表情のまま、あいつがいった。
「今、私のそばに…来てはだめ…である、ちょめ助」
そういいながら、牙をくい縛って、顔を地面に向け、聞こえないほどの小さな声で絞りだすように
『は、はは、こんな感覚は、久しぶりである…な』
と、つぶやいた。
体は憔悴しきっていて、けれども沸き立つほどに興奮しており、じっと座っていても辛そうだ。
眠っているかとおもったが、眠りにつけないほど苦しいのだろう。
あるいは意識をうしなって、体をイノセンスに支配されてしまうのが怖いのかもしれない。
口元の皮膚が引きつって、そこにあるあいつのイノセンスが、怪しい光を放って見える。オイラを壊したくて壊したくてうずうずしているに違いない。それを我慢なんてするから、体にますます負担がかかる。
オイラは、あいつによけいなストレスをかけないように、少し離れた場所から声をかけた。
「おまえ、だいじょうぶっちょ?」
「大丈夫…。私も少しはこいつの『扱い』になれてきている。ちょめ助。心配いらないで…ある、朝の光をみれば、少しは気も変わるだろうから」
あいつは、無理に優しく笑ってみせた。
でも、顔色はとても悪いし、冷や汗もかいている。目には凝った血のような黒色がさしはじめ、白い髪の毛が半分ぐらい逆立ちながら乱れていた。いまにも爆ぜそうな体を両腕で押さえつけているみたいに、ブルブル震えている。
なのに…なんで笑う?
オイラを怖がらせまいとおもって、必死なのか?
変なやつ。
アクマは人間と違う。
壊されるとしても、怖がったり悲しんだりなど、しないのに。
アクマを心配してるっちょ?
「おまえ変な奴っちょ、エクソシストのくせに」
あいつは今度は本当に笑った。
「そうかも知れないで…ある」

 

 

 

風変わりなエクソシストが混じってる。
最初見たときそう思った。
初めて船上で出会ったとき、貧血で倒れていたひょろっとしたヤツ。
なんだか哀しそうな顔をして、物思いに耽っている事もあるし、涙ぐんでる事もあったし、
ずっと具合が悪そうだったから、体が弱いヤツなのかとおもった。
あんなので、エクソシストが勤まるっちょ?
それに、
あいつがオイラをさけているのは感じていた。
まあ、アクマに馴れ馴れしいエクソシストなんているわけないから、最初は当たり前だとおもってたけど。なんかちょっと調子が違う。
オイラを憎むとか怖がってるとか、そういう感じじゃないように思えた。
ええっと…なんていえばいいっちょ?
なにか別のことを恐れているような…
とにかく、なんだかとても気になった。

 

伊豆に上陸して最初の夜、あいつのことをラビが教えてくれた。
「クロちゃんのイノセンスは寄生型で、アクマが近くにいると壊したくてたまらなくなるんさ。きっと衝動を抑えるのが大変だから、あまり近くにこないんさ」
「そうだったっちょか、ラビ。あいつの具合は?」
「ああ、今は眠ってる。だいぶまいってるみたいさ」
仲間たちが身を潜めている風穴のなかで、暖をとる為のわずかな焚き火に小枝を投げ入れながら、ラビは言った。
「大陸を出てから、ずっと発動しっぱなしだったしな。体力的にかなりきつそうさ。でも今、アクマたちと戦う訳にいかないから、エネルギー源の血は補給できないし。まともな食事も出来ないし。船での戦闘でも血が吸えてないからよけいに乾いてるんだろな」
「血を吸う…?」
マリアンの言ってた事を思い出した。 「あ、あいつがそうだったちょか…」
「なにが?」
「な、何でもないっちょよ。…そか、あいつ、アクマの血が欲しいんだ。
だったら、オイラの血を飲めばいいのに。そりゃあ、今飲み尽くされる訳にはいかないけど。ちょっとだけだったら…」
「たぶん、クロちゃんは、ちょめを傷つけたくないんだとおもう。大切な仲間を傷つけることなんてクロちゃんには考えられないんさ。
だからけっして、ちょめ助を嫌っているんじゃないさ。
……むしろ好きなぐらいじゃないかな」
「な、なに言ってるっちょ?」
突飛な言葉に驚いて、オイラは少し赤くなって、慌てた。
ラビは面白そうにオイラをのぞきこんだ。
「あっれ?なに赤くなってるんさ?」
「な、なってないっ。全然なってないっちょよ。ラビってば無理矢理だっちょ。
だいたい、オイラ、アクマっちょ。伯爵様の命令を聞く道具だっちょ、人間もたくさん殺してきたし。
そりゃあ今は、マリアンの命令があるし、お前らと行動してはいるけど。
結局オイラがアクマなのには変わりないっちょ。お前らの敵だっちょ。
だから…あいつだって敵だと思ってるし、きっとアクマが憎いはずだっちょ」
ラビは後頭で腕を組むと、うーん、と伸びをしながら深いため息をついた。
「敵か…敵、ね。エクソシストにもいろいろな考え方があると思うんだけどさ。
たぶん、なんつうか、俺の考えだけど。
どんなにアクマを壊しても、血を啜っても、
アクマを憎んではいないんじゃないかと、思う。
…クロちゃんて奴はさ」
ラビは、困ったような優しい顔で、やっぱりオイラに笑いかけた。
あいつと同じように。

 

 

「ううえええええええ?
人間なのにアクマの血を吸う?そんなエクソシストがいるんだっちょ?」
マリアンから、なんだかものすごく気持ち悪い話を聞いた気がして、オイラはおもいっきり退いた。
「ああ、たぶんな」
クロスマリアンはうすら笑いながら酒をあおる。
「そいつがどういうモンになっているのか、俺もこの目で確かめちゃいないがな。
どうやら無事に、バカ弟子どもと行動をしてるらしいってのは耳にしているのさ。
だが、成り立てだしな。上陸してこっちにこれたとしても、どうせろくな栄養(アクマの血)とれないだろうよ。
だから自爆する前にお前の血を分けてやってくれ」
「うん。わかったっちょ。オイラの血を吸わせてやればいいんちょな?」
オイラがそう言うと、クロスマリアンは妙な返事をした。
「さああて、そこんとこがなあ。素直に啜ってくれりゃあいいがな、あの孫。どうもウチのバカ弟子と気が合いそうだからな」

 

<次へ>