朝、目がさめたら、
そろそろ耐えられないことに気がついた。

バカみたいに大きな天蓋付きのベッドからおり、
浴室へ向かうために、身につけていた薄衣すべてを脱ぎすてる。
水浴みをして、この体を隅々まで綺麗に洗い、、
金色の髪を結い、化粧をして、一番気にいってるドレスを身につけ、
それでもイライラしながら、広間におりていく。
・・・・この城にきて、何日目だろう。
ちゃんと数えていなかったケド、まだ片手に足りるほどのはず。
おナカがすいた
ノドがガラガラする
誰でもいいから
殺したい・・・!
グチャグチャに引き裂いてなまぬるい血を浴びてみたい
たとえば
広間のまん中にたって、間抜けな顔で私を見つめているアイツはどお?
・・・だめ、絶対ダメよ!
彼だけは
アレイスターだけは 

 

HEARTDESIRE(あなたがほしい) 

 

 

午後
あたしはとうとう決心して、身支度をした。
外は雨になりそうな曇り空で、少し寒いけれど、
中庭は、むせるほど生暖かい湿気と甘い花の香りでいっぱい。
この城のむかしの当主がずいぶん大切にしていた とかいう食人花の群れが、まるでとかげかへびのような頭をもたげてうごめいている。
あたしが近くを通ると、ときおり人間の断末魔に似た奇声でわめきちらす。
その声を聞くと、あたしはまた人を殺す時の感覚を少し思い出してしまう。
乾きが増し、なんども生つばを飲み込む。

この城にきてからまだ数日だけど、不思議とこいつらはあたしを襲ってはこない。
普通の人間どもならとっくに餌食になっているところよね。
たぶん、自分達の飼い主があたしを好きだってことわかっているのかもしれない。
あたしがそれともアクマだから・・?
もっともあたしは簡単に食われたりはしない。その気になれば、一瞬で全部を枯らすことだってできるんだから。
なんにせよ、あたしにはまったく興味の無いこと。
あたしの興味といえば、自分が美しくなることと、人を殺すこと。
それだけ。

宙階段をおりて、べたつくような湿気の中庭にはいると、
食人花の葉の間に、陰うつな衣をまとった城の主人の姿がみえてきた。
邪魔そうな真っ白な前髪を ときおり指でよけながら、古びた如雨露を大切そうに抱えて、無気味な花達ひとつひとつに水をあたえているところ。
古すぎる如雨露は、傾けるたびに継ぎ目から水がもれて、あいつの袖を濡らしている。
そんなことはお構い無しに、懸命に水を注いでいるあいつ。
この男は、この作業だけにこれからの人生の半分近くを費やす予定なのだから、考えただけでもうっとおしい。
顔色の悪い背の高いこの男が、いまのこの城の当主。
アレイスタークロウリー三世。
あたしが利用している男(オス)。
イノセンスに魅入られた気の毒なおとこ。

あたしは少し切なげな表情を浮かべやって、特別かわいらしい声で、後ろから声をかけた。
「アレイスターさま」
アレイスターは、そのとたんに体に電流が流れたように硬直して、あたしを振り返る。
いつまでたっても、あたしがここにいることに慣れないみたいに。
「わ!ハイ!・・・あああの、え、エリアーデ?」
あんまりあわてるものだから、如雨露を落としてびしょぬれになる。
「大変、ずぶぬれですわ!早く拭かないと」
近寄ろうとすると、アレイスターは硬直しながら飛び退さり、バタバタと服をはらった。
払ったぐらいで、どうなるものでもないのに。
「だ、大丈夫である!このぐらい・・・すぐ乾くである。
そ、それよりなんであるか?エ、エリアーデ」
私に声をかけられて妙にうれしそうな顔。
耳まで赤くなってる・・。
あたしの事が好き、なのよね。
この数日で、これ以上無駄なほど良くわかってる。
でも、
それとは裏腹に緊張した様子なのは、もちろん自分の欲望を知っているから。
あたしの血を啜りたいの。
あたしを抱き締めて、あたしをその牙でかみしだいて、
壊してしまいたくて、うずうずしてる。
あたしがあんたを殺したいと思うように。

少し近寄ってからかってやりたいけど、
今日はあたしもせっぱつまっているから簡単に用件だけで告げてすますことにした。
「半日おいとまをいただきたいのですけれども、よろしいかしら。外にでかけたいんですの」

そのとたんに、
アレイスターは言葉の意味が解らない小さな動物みたいに立ちすくんで、
それから一瞬、殺す前の人間と同じような酷く歪んだ表情を浮かべた。
でも、それはすぐに消えて、今度は困ったように薄い眉を潜めて、じんわりと目に涙を浮かべてる。
苦しそうに唇を噛み締めて目線を落とすと、地面に転がった如雨露を震える手で拾い上げ、指が白くなるほど、ぎゅっと抱き締めた。
まるで、なにかにしがみついていないと、自分がなくなってしまうみたいに。
それでも最後に無理矢理っぽい笑顔を浮かべようと努力する。
わずかな間にこれだけの表情をする人間って、今まであまり見たことがない。
少なくとも今まで殺した男の中にはいなかった、かな。

「そ、の。
もちろんそれは
貴女の・・・自由であるから」

ようやく絞り出された言葉を聞いて、あたしはようやく気がついた。
あはん。
この男、あたしが帰ってこないかも知れないと思っているんだわ。
それが耐え切れないほど苦しいのね。
あたしは、なんだかそれが少しだけ心地良かったから、ちゃんとやさしく付け加えてやった。
「これから先、アレイスタ−様のお手伝いをするのに、動きやすい服がいりますわ。他にも入り用な物がありますし。
ふもとの村ではロクな物がありませんから、途中で辻馬車をひろって、街までいってみようと思うんですの。
明日の朝には戻って参ります。
そうだわ。
おみやげに美味しいお菓子でも買ってかえりますわね」
にっこりと微笑んであげると、
アレイスターは、私の笑顔につられて少しだけ頬を赤くした。
それでも不安を隠せない子供みたいに、必死で自分を納得させようとする。
「・・・朝・・・・・・・・・で・・あるか?
う、・・・・・・・う・ん・・・・・・・・待っている・・・である」
まったく・・・
ほんとうにわかりやすい男。

 

 

 

夕方
城の重々しい門をぬけて少し離れた場所へ行くまで、人間の姿のままで歩いていった。
転身(コンバート)してしまえば、移動するのは簡単だけど、なんだかあいつが城の窓からずっと見つめているような気がして。すぐにはしたくなかったから。
二本の足で歩きながら、さっきまでのあいつの様子を思い出してみる。
「気をつけて、いってくるのであるよ」
「気をつけて」
「気を・・」
いいよどみながら何度も繰り返す、同じ言葉。
バカみたいに、その言葉だけが口からでてきてしまって
そのたびにあいつは自分の舌を呪うみたいに、身悶えてたっけ。
きっと本当は別の言葉を言いたかったのよね。
・・なんだろう、それは。
ドコニモイカナイデ   なのかな。
カナラズモドッテキテ  かしら。
ワタシヲミステナイデ  かもね。
あるいはその全部・・。
本当にバカなアレイスター。そんな心配は無用だわ。
私は必ずあんたのところに戻るから。
見捨てたりしない。
あたしにはあんたが必要なんだもの。
あたしはあんたを利用しているんだから。
少なくとも、今はね。

森を抜けるころには、あたしはすっかり喉が乾いていたから、アレイスタ−のことも城の事も頭の中からおいだすことにした。
けれども。
あいつの言葉は、最後まで耳に残っていた。
『気をつけて』
なにを気をつけろっていうんだろう。
アレイスターの白い牙を思い出したあたしは、少しだけ身震いする。
でも、その牙に飾られて、笑顔がそこに在るのも思い出して、少し油断する。
「ええ、アレイスターさま。大丈夫ですわ。
あなたのイノセンスより危ないモノはここにはありませんもの」
あたしはちょっとつぶやいてみて、
一人でふふ、と笑い、
それからようやくコンバートしたボディで滑空した。
人間を大勢殺せる場所へ。

 

 

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