日没ごろ、クロウリー城からかなり離れた街につくと、
あたしは人の姿に戻って夜をまった。
夜は獲物を狩りやすい。
あたしは、大通りの人ごみをわざとゆっくりあるいて、
声をかけてきた男達を一人づつ、暗い闇に誘い込んでは、
ていねいに味わって殺した。
ひさしぶりに貪る殺戮。
ここなら、みたされたいだけ、たらふく殺せる。
いくら殺しても、この街とアレイスターのいる城と結び付けるヤツはいないから。
エクソシストどもも。
伯爵様も。

目の前の血溜まりを、這うようにして逃げまわっているのは、
さっき誘い込んだばかりのむさ苦しい男(オス)たち。
散々楽しんだから、今夜はもう、止めにしようかともおもったんだけど
気がかわって捕獲した人間ども。
よってたかって、一人の女を暗がりに引きづり込み、いやがるのを抱きしめたり、服を捲りあげたりして、弄ぼうとしてた奴ら。
別に女を気の毒に思ったわけじゃない。
どうせ男に媚びて金を稼ぐ商売女でしょう?
ただ、男達の下びた笑い声がイラついたから、今夜、最後の獲物どもはこれにしようと決めただけよ。
ひとまとめに引きちぎったら、さぞかし潤おうだろうから。

『なにをなさっているの?』
声をかけて微笑むと、
男達は酒臭い息をふりまきながら、女をまさぐる動きをとめて、あたしに魅入られる。
『そんな女をからかうより、あたくしと遊びませんこと?』
そういって、歩き始めると、男達は餌食にしようとしていた女を放り出してついてきた。
そりゃあ、そうよネ。
あたしのほうがはるかに見栄えがするもの。
声をかければたいていの男が簡単についてくる。
あたしのこの皮は、本当に素敵だわ。
だから私はこの姿が好きでたまらない。
もちろん、私がこの皮を大切に手入れしているのはそれだけの理由じゃないけど。
あたしはもっと美しくなりたいの。
あたしはもっとほめてもらいたい。
あたしはもっと・・もっとね・・

(ああ・・・本当に・・・きれいである)

急に
アレイスターの言葉が、あたしの中に落ちてきて、機能が一瞬だけ停止した。
凝った飾りをもたない、うっとりと感じたままの言葉。
ヤダ、
やめてよ!
あたしは、その言葉を頭から追い払って、人殺しに専念する。
足の骨をへし折って、逃げられないようにする。
男どもが、いやがっていた女にしていたように、
体のはしから順に、きつくしめつけて、骨と肉をゆっくりと潰してやる。
妙な音をたててあちこちから内蔵がはみだす感触を楽しんで、血飛沫を浴びる。
もう、ソレがとっくに死んでいるのは分かっているけど、
最後にその頭を引きちぎって、指先でころがし、ぐしゃりと砕いて捲き散らす。
脳漿と目玉が指の間から滴り落ちるのをゆっくりあじわって
ゲラゲラ笑いながら。
あたしはようやくみたされる。
・・・・けれどもすぐにうんざりする。
空腹をみたしている時のあたしはさぞかし醜いにちがいない。
こんな私はみられたくない。
・・・誰に?

(エリアーデ)

あいつの夢見るような囁きが胸に落ちてきて、あたしは思い出した。
ああ、そうだったわ。
いけない。
あいつにお菓子を買って帰る約束だった。
朝までに帰るといったんだっけ。
あいてる店なんて、あるかな。

ゆっくりと人の姿に戻ったとき、すぐ近くで人の気配がした。
そいつは、ガタガタとふるえながら何かを呟いている。
『・・・ミサマ・・・カミサマ!』
なんだ。
さっきの女ね。 まだいたの。逃げても良かったのに。
抱えた汚い編みカゴに、しがみついて震えている。
まるで、そうでもしないと自分が壊れてしまうみたいに。
その格好は今朝の、如雨露を抱え込んだアイツに少し似てみえた。
カゴの中には萎れた花がはいっていて、女の回りにもたくさんまき散らされていた。
アラ、失礼。花売りだったとは。
でもこんな夜更けの裏町をうろついてたあなたがわるいのよ。
だいたい、
商売女だろうが花売りだろうが、あたしには関係ない。
殺してしまえば、ただの肉のかたまりになってしまうんだから。

あたしが人間の姿のまま近付いても、女は座り込んだまま、動かずに居た。
ひざまづくように座り込んで、顔をあげ、あたしをみつめている。
怖くて体に力が入らないのかしら。
ナミダとか、いろいろ、体中から汁が溢れていて、、ますますうす汚い。
女の頭を掴んで、ほんのちょっと少し力を込める。
女は悲鳴とも言葉ともつかない声をあげる。
でも、ふと思い付いて、殺すのを止めた。
尋ねてみた。
「ねえ、あんた。お菓子焼いたことある?」 

 

 

 

 

あたしは女の家の台所で、古ぼけたテーブルに頬杖をついて、
女が懸命に何かの菓子を作っているの眺めていた。
結果としてあたしに助けられた女は、あたしをナニと思っているのかしらないけれど、お菓子を焼くことを承諾しただけでなく、あたしを家に誘い入れた。

『粗末な家ですが、どうか、お入りください、・・・ウツクシイテンシサマ』

たしか、そういった気がするけど、テンシサマってなんだっけ?
何かの絵画でみたことがあるわ。
・・・そうそう。たしか真っ白な羽が背中から生えてるバケモノよね。
まあ、あたしはアクマ(機械兵器)だから、似たようなものかもしれない。
イノセンスと関係があったような気もするけど
・・まあ、そんなことはどうでもいいか。
菓子が焼き上がるまでは、この女を怖がらせない方がいいものね。
女が竈に火をくべると、 なんだか甘い香りが立ちはじめた。
作業が、ひとまず終わったらしい女は、おずおずとふりかえって、
今度は震える手でお茶をいれはじめた。
「焼き上がるまであと少しですから、どうかお待ちください。天使様。
あの・・・良ければお茶を。
人の口にするものなど、失礼かもしれませんが」
あたしはにっこりとわらって、カップを受け取って
「ありがとう。素敵なお住まいね」といった(こう言えばたいてい人間は気をよくするから)
とたんに女は顔を赤くして、ひざまずいた。
胸元の十字架がゆらゆら揺れる。
「もったい無い。私のような卑しい者をお救い下さった上に、このような場所におこしいただけるなんて。神に感謝いたします」
ああ、もおメンドい。
この女がなにを勘違いしたのかしらないけど、カミって言葉が少しいらつく。
でもあたしはたらふく殺した後だったから、ちゃんと自制した。
あたしは、それには答えず、カップをテーブルにおくと部屋の様子を観察してみた。
ひからびた花束が幾つも吊るされて、はさみやナイフやリボンの束がいくつも壁に下がってる。
ああ。
花屋よね、ココ。
そのくせ水分を含んだ花はひとつも無い。
女が持ち歩いていたカゴの花束も、もう萎れていたものね。
「ねえ、どうして花を売らないの?
花屋は花を売るものでしょう?」
あたしがたずねると、女は土間にふしたまま、一瞬言葉をえらんでいたけど
一言
「夫が病なのです」といった。
そうね。
気がついてたわ
後ろの扉の向こうで、人間がもうひとり一人咳き込んでいるの。
血の匂いと、はらわたが腐るにおいも、感じる。
もう長く生きられない澱んだ匂い。
「だから街で花を売って、薬代を稼ぐのが精一杯で」
・・・薬を与えたってあなたの恋人は助かりはしないわ。
もうソレは死にかけている。
言ってやろうかと思ったけど、女の表情をみて止めた。
この女がいつものアレだと、気がついたから。
あたしが、ただひとつ憧れるあの感じ。

それに、あたしの興味は別なモノにうつっていた。
床に置かれた、鈍い銀色のモノ。
花に水をやりながら袖をびしょぬれにしていたアレイスターの顔を思い出したら、
なんだかとてもほしいものを見つけたような気がして・・・
「ねえ、あれも譲ってくださらない?」
あたしが指差したものをみて、女は不思議そうに言った。
「え?あの如雨露を?商売でつかっている古いものですけれど」
「でも、水はもれないでしょう?もちろんお代はさしあげますわ」
あたしは、アレイスターがくれた大きな金貨を一枚、女にさしだした。

 

 

 

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