『科学班チームΩ201 データの吸い上げと未承認書類の分類。
ψ203とλ204は電算機の配線を色分けしてくれ!有機コードには特に注意しろ。
205から207は下におりて用事の足りた動力の作動停止処理。過剰なとこから優先して頼む。全部は切るなよ。
θ208以降は、一般魔法薬の梱包。巻き毛印の危険なやつは手を付けるな。そいつは最後だ。
あと特別班は…巻き毛捜索を続けてくれ!みつけ次第強制的に連行』
リーバー班長がてきぱきと叫んでいる。
白衣をきた連中が、書類をまき散らしながらものすごい勢いで台車を転がしていた。
『ホログラムの移動はもういっすか?』
「ん。もおいいぞ。ついでに65たちの接合部、移動端末につなぎ直してやってくれ」
『錬金釜動きます。危ないんでどいてくださあああい』
『おいそこ!気をつけろ』
『いったんサーバー動かします』
怒鳴る声や、なにかが割れる音まで聞こえる。
人の群れの中でクロウリーは落ち着かない様子でたちすくんだ。
外を歩くのに、マントもジャケットも無いことも落ち着かない原因だが、
方舟以来ずっと意識不明だった彼にとって、本部は初めてきた場所とかわらないことに気がついた。
知らない場所。
知らない人々。
不安な気持ちがこみ上げてくる。
今までリナリーや、アレンたちに話はきいてはいたが、本部というところにこんなに人がたくさん居るとは、クロウリーも想像していなかった。
それに…広い。
下手するとクロウリー城より広くて、しかも複雑な構造だ。
案の定、自分は迷ってしまったらしい。
アレンたちを探そうと居住区に向かっているつもりだったのに…
ここは、どこだろう。
『班長!地下層蒸気炉の過剰出力ポイント判明しました。現在、安全確認中っす』
「おう、わかった。ご苦労。できるだけ応急処置たのむ。気をつけろよ。全くこんなときに動力トラブルとは、かなわんな。」
「班長お!保存決定の古い書類はどうするんすか?」
ふと近くできいたことのある声がした。
山のような書類を抱えた丸眼鏡の青年が叫んでいた。
  ーたしか…ジョニーだったである。
ジョニーのことは、時々医務室で見かけていて、顔だけは覚えている。
クロウリーはおそるおそるジョニーに声をかけた。
「ジョニー」
くしゃくしゃの赤い髪の毛がこっちを振り返った。
「あっれ?クロウリー。どうしたのこんなところで。寝てなくて平気?」
ようやく知っている人なつこい笑顔に出会って、ほんの少しだけ安心する。
「もう平気である。あの、アレンやラビたちを探しているのであるが、知らないであるか?」
「アレン?」
首を傾げる表紙にバランスが崩れ、書類の山が雪崩を起こす。
「わわわ」
「あああ、す、すまないである」
慌てて拾おうとすると
「あー大丈夫、大丈夫」とジョニーがにこやかに遮った。
「書類の順番があるから、俺やるよ。えっと?アレン?
アレンならたぶん自分の部屋か、居なければ食堂じゃないかな。エクソシストも私物整理とかやってるはずだし」
「私物整理、であるか。ありがとうである」
クロウリーはとりあえず礼をいったが食堂がどこかわからない。
何となく聞くのをはばかる気がして、その場を離れようとした。
はなれぎわに、ジョニーが「あ!」と短く叫んで振り返った。
「食堂は、いったこと…ないよね。その階段を上っていけばわかるよ!迷ったらまた下に戻ってくればいいからね」
クロウリーは少し安心したように、顔をほころばせ、もう一度
「ありがとうである」と礼をのべた。

 

 

食堂フロアでも料理人たちがめまぐるしく動き回っており、食器の音や鍋のぶつかる音でにぎやかだった。
『花組は、レードルと寸胴鍋の回収後、サイズとクラスに分けて梱包よぉ!』
『月組は、秘伝のソースのボトルづめを急いで』
『雪組は、食器の分類を急いで、終わり次第、星組と合併!夕食の各フロアケータリングにうつってちょうだい!忙しいからといって夕食は手抜きしないわよ!』
厨房の奥ではジェリーが優雅にヒステリックに、細やかな指示を続けている。
クロウリーは食堂の入り口の柱の影から中の様子をじっと伺った。
「あの人がジェリーさん…であるか…。想像していたより、ユニークなシェフであるな」
ドレッドの髪の毛を振り乱したごつい人がジェリーだと言うことはアレンに聞いていてよく知っていた。
『サングラスはちょっと怖そうだけど、料理の腕は確かさ』
とラビも言っていた。
そういった出で立ちも含めて、非常に体格のいい男性なのに、なんだか女性っぽい感じにも見えて不思議な気がした。
クロウリーは江戸へ向かう途中で何度か聞かされていたアレンの話を思い出した。
『ジェリーさんの作る料理は、愛情たっぷりのおふくろの味って感じですかね。最高においしいんですよ!それにどんな料理でも作ってくれるんです、すごいですよね!デザートがまた、夢みたいにたくさんあるんです。いくらでも食べていいんです。
きっとクロウリーも気に入ると思いますよ。ルーマニア料理だって頼んだら作ってくれると思うし。
ああ、おなかすいたなあ。早くホームに帰って、暖かいご飯を食べたいなあ』
山脈越えや雪の中での野宿など、つらいときには必ずこういった話を聞いたものだった。
「アレンはいつもよだれを流さんばかりだったである」
クロウリーはその様子を思い出して、少し微笑んだ。
しかし、食事をしている人も数人はいたが、アレンの姿はなさそうだ。
「いつ行っても食事をいただけると聞いては居るが…」
確かに少しおなかもすいていた。
だが、
ただただ話を聞くクロウリーにとっても、食堂はちょっとしたあこがれの場所だったので、なんだか、今入ってしまうのは惜しいような気がした。
「落ち着いたらみんなと一緒にお邪魔したいものである…それに、アレンの部屋はたしか食堂の近くだと言っていたし…
とにかくアレンか、ラビを見つけてからにするである」
クロウリーは遠くから厨房の様子を眺めていたが、ちょっと決意の吐息をつくと、その場を離れようとした。
そのとき。
「あっれえー?クロちゃんじゃない?」
背後から素っ頓狂な声がして、クロウリーは一瞬びくりと身体を強張らせた。
クロちゃんと呼ぶのはラビ以外無い、と思っていたのだが、その声はあまり覚えの無い声だった。
もちろんアレンでもマリでも神田でもティエドール元帥でもチャオジーでもない。
 ーだ、誰であるか?
「こんなとこで何してんのー?退院はたしかまだ…のはずだったような」
声の主は、なれなれしい様子のまま、パタパタという奇妙な足音をならしながらクロウリーに近づいてくる。
勇気を奮って振り返ったクロウリーのほとんど同じ目の高さに、独特の眼鏡を光らせた笑顔があふれた。
「……あ、の。どなた様であるか?」
「あっれぇ?覚えてない?…か。あっ。そういえばまだちゃんと名乗ってなかったっけ?ゴメンねえ。ずっと慌ただしかったもんね
どーもー、ボクは黒の教団始まって以来の天才科学者で科学班室長の……ゴホン。
コムイ リーです」
最後だけやたらハンサムな声。
「あ、これはご丁寧に。私はアレイスタークロウリー三世であ…え?室長って、その」
「そうそう。素敵で頼もしくてカッコイイ愛されるリナリーのお兄ちゃんでっす。…で、なにやってんの?」
 ーリナリーの兄上!?いや!そこは重要じゃ無い(今は)
 ーこの男が黒の教団のリーダーであるか?
リナリーやラビたちに噂には聞いていたが、予想以上に飄々とした男で、クロウリーは面食らった。
それに退院許可が下りていないのにアレンたちのところへ来たことを、
黒の教団の総責任者に見つかっては、とってもまずいのではなかろうか…という考えが頭をよぎり、一瞬頭の中が白くなった。
「あ。もしかして、おなかすいちゃった?」
コムイの言葉に、思わずクロウリーは食らいついた。
「そ、そうなのである!!!今日は夕食が遅いというのでちょっと、様子を見に」
「そうっかあ、そだよねえ、キミも寄生型だからすごくおなかすくよね。大丈夫、ここはいつだって好きなときに食事できるんだよ。品数も豊富だから、最初のうちは迷っちゃうんだよねえ。でもまかせて。ボクがオススメのメニューを的確に解説してくれる便利な発ー」
「居たぞ!室長だ!!」
「班長に連絡!!確保しろお!!」
「やばーい、ごめんクロちゃん、又今度ゆっくりねー!」
「え?」
コムイが急に走り出す。
突然、通路にサイレンが鳴り響き、白衣を着た男がこちらに向かって突進してきた。
「は?」
条件反射というのは恐ろしいものだ。
「わ、わわ…わああ、うあああーーーーー」
群衆がこちらに向かってくる様子を見たクロウリーも、バネが外れたように走りだした。
故郷での迫害の恐怖がいまさら脳裏によみがえる。
追われているのは自分ではあり得ないとわかっていても、身体が止まらない。
「逃げたぞ、おえ!」
「誰か一緒に逃げてますけど」
「知るか!目標は室長一人だ!」
クロウリーは半泣きで、津波のような群衆に追われながら、絶叫した。
「アレン!ラビィイ!どこであるかあ!!」
クロウリーは、コムイと科学班を振り切り、ものすごい速度で疾走した。

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