6日目
早朝
懸念していたアレンウォーカー捕獲はあっさりと成功した。
緻密な捕獲作戦を講じていた我々にはあまりにも拍子抜けする顛末だった。
ウォーカーは、昨夜ジジがしかけておいた罠に簡単に引っかかってくれたのだ。ジジが仕掛けたのは、いわゆる『スズメざる』と呼ばれる東洋に古来より伝わる独特のトラップである。重石をのせた大きな笊(ザル)を支柱で立てかけ、下に餌をおいておく。餌に触れると支柱が倒れ、重石ののった笊がかぶって獲物を捕らえるというシンプルなもの。ジジとしては冗談半分のつもりだったらしい。
とはいえ我が優秀な科学班のやる事である。もちろん笊はカーボンファイバー製だし、上におかれた重石は重さ2tにも及ぶ。しかも罠の作動と共に内部に仕掛けられた100発ほどの鎮静弾が打ち込まれるという念のいったしろものではあるが…。
決め手は『みたらし』だった。
餌におかれていたみたらしの誘惑にゾンビ アレンは勝てなかったらしい。
彼が罠にかかってしまったのは寄生型エクソシストの悲しい性と言うべきなのかもしれない。
肝心の『みたらし』はうまく食べる事も出来ないほどに判断力が低下しているようだが、それでも食に対する欲望が、ウォーカーの本質として消えずに残っているのは確かなようだ。
この事はとても興味深かった。ゾンビたちは理性を失っているとはいえ、自分の興味の対象に襲撃をかける『走好性』とも言うべき性質があるように思われる。今後の調査によってシステムが解明されるやも知れぬが、彼らゾンビは、まず興味の対象にターゲットを絞り、それぞれにそれぞれが親近感を抱く人物を襲っていったのではないかという仮説が立てられる。同胞化願望とでもいおうか、あるいは疑似繁殖欲とでも定義するべきか。
これに関しては事件が沈静化して後、解明される事もあるかもしれない。
記述の焦点を戻す。
捕獲したアレンウォーカーは早速ワクチンを投与され、数十秒後に正気を取り戻してくれた。アジア支部長であるこの私とも交流の深い彼は短時間で状況を理解し、我らの智医務亜細亜に加わる事に同意。こうなるとこれほど力強い仲間はいない。
もっとも彼の空腹と疲労は限界を超えている。数時間の猶予を与え、ゲートを抜けてアジア支部の食堂での休憩を許す。
久しぶりにウチのとびきり美味い中華を味わってこい!アレンウォーカー。

午後
ウォーカーの帰還をまつ間にランチャーの実験をかねて、ザコゾンビの捕獲を試してみる。予想通り、一般団員の捕獲は比較的簡単だ。我々は片っ端から捉えて隔離し、ワクチン投与に備えている。
満腹になり、体力を回復したウォーカーが帰還。
生き残った智医務を全員集結させ、早速捕獲作戦会議を開始。が、ここに一つ問題が発生した。
なぜかアレンウォーカーがタイツの装着に難を示したのだ。
これはじつに想定外の事だった。彼に言わせればそれはポリシーの問題であるらしいが、その事がますます私を憤慨させた。
この私が発明した完璧なる強化タイツのどこに不満があるというのだ。
このパワードタイツ爆χ(改)は、耐圧700Gだぞ。
おまけに好きな色を選べるように赤、白、青、黄、桃の5色を用意していやったというのに!
しかし我々には相互理解の為の議論の猶予はない。時間はもうないのだ。
私はやむなく強硬手段に及ぶことにした。アジア支部でも屈強な女性ファインダーを数名チョイスし、ウォーカーへのタイツの強制装着を実行してもらう。女性にしたのは紳士的な彼の性格を考えて、相手がご婦人では下手な抵抗ができまいと考えての事である。
彼の名誉にかけてその時の状況を克明には記さない。
が、その事実が彼の心に傷を負わせたとしても、いずれわかってもらえる時が来ると信じている。
さて
クロウリー捕獲作戦だが、あれだけ素早い動きの生物を正面から押さえ込むのは難しい。私たちは罠を張り、彼を狭い場所におびき寄せる事にした。
前述の通り、ゾンビには興味のある者を襲う習性があると仮定できる。クロウリーにとって教団でもっとも親しい人物はアレンウォーカーとラビであり、彼らへの執着が、彼の原動力の一つである事は、今までの方舟関連報告書からも読み取れる事実だ。
実は、この仮説はアレンウォーカーにはつたえずにある。彼がこれから起きる壮絶なる捕獲作戦において、クロウリーにこれ以上の同情をもつ要因は、この際排除しておいた方がいい。
というわけで、私はタイツ姿のウォーカーをわざと縄で縛り、ザコゾンビの粛正がすんだ図書室の中央に転がしておく事にした。むろん緊縛は偽りである、ウォーカーがその気になれば、クラウンベルトで切断が可能な状況だ。念のために、さらにその周囲にはシュークリームをばらまいておいた。これがクロウリーの好物であることも彼から聞いている。
我らは物陰に待機し、クロウリーの姿が現れるのを待つ事にした。

2時間後。
想定外の事件勃発。
ソカロ元帥以下、ゾンビの一団が図書室に乱入。アレンウォーカーが襲撃される。理由はわからないが、ソカロ元帥は彼を執拗に狙っているニュアンスをもつ。強い者を倒したいという元帥本来の本能のなせる業。か?あるいは、それ以上の興味をこの少年にもっているということなのか。
しかしここで、我々の切り札であるウォーカーを失う訳にはいかない。そのとき、私の思惑を察した智医務の若手シイフと李桂が特攻をかけてくれた。彼らが餌食になっているうちにウォーカーを撤収。彼らが最後に、智医務亜細亜をたたえて叫んだ声が、耳から離れない。
作戦実行チームは緊急撤退を余儀なくされた。
すまない。我が信頼すべき科学班の勇気ある若手たちよ。君たちの仇は必ず撃つ。

それにしてもクロウリーはいっこうに姿を現さない。時間だけが経過し、シュークリームはひからびる前に全部アレンウォーカーの胃袋に収まってしまった。
もしかして、クロウリーは、陽射しを嫌い、闇に潜んでいるのではないかと言う考えが、私の頭をよぎる。
たしかに、エクソシストになる以前の彼の生態を考えるとあまり白日のもとには姿を現さない可能性がある。
暗闇での捕獲作戦は夜目のきくクロウリー相手には非常にリスキーではある。しかし、むしろその方がクロウリーも油断する可能性もある。むろん智医務の中には危険を訴え、反対する意見もあった。
しかし、ウォーカーの一言ですべては決まった。
「僕はこれ以上クロウリーの苦しみを長引かせたくない』と。
そうだ。
我々は一刻も早くあわれなゾンビたちの魂(と肉体)を救済せねばならないのだ!
智医務は一丸となった。
日没と共に作戦を再開する。

ファイル4に続く