にぎやかな街が好きだ。
色とりどりのショーウィンドウをながめながら、てくてくと街角を曲がると、次々に絵本のページをめくるように新しい風景がみえてくる。
その中で働き、語らい、買い物をし、暮らしている人々を見るのは温かくて嬉しい。
人々と同じ空気を吸い、同じ日の光を浴びるのは心地よい。
自分もこの平和な人の輪の中にいるように思えて、なんだかとても・・・・
考え事をしながらモールを歩いていたクロウリーは、いきなりマントの裾を乱暴につかまれた。
「見つけた!!」
瞬時に、嗅ぎなれたAKUMAの血肉の匂いが立ち上り、クロウリーの細胞をざわつかせる。
『しまった!油断した』
クロウリーは思わず振り返る。
しかしその姿を見たとたん、彼は発動することも忘れて立ちすくんだ。
エリアーデがそこにいた。
おもわず呼吸がとまる。
魂をぬかれるような、薔薇の唇。
凝脂の白い肌
結い上げた長いブロンドの髪が豊かに溢れ、後れ毛が細いうなじを飾る。
けれども
長い睫毛に縁取られた瞳は、エリアーデとは異なるエメラルド色に輝いていた。
エリアーデではない。
そんなわけがない!
クロウリーはようやく詰めた息をとくと、美しい貴婦人の姿をまじまじとみつめた。
彼女は、その容姿におよそ似つかわしくない言葉でたずねた。
「おっさん、エクソシストだよね?]

 

 

RAPUNZEL (苦血紗 ニガチシャ)

 

 

 一体何がおきているのだろうか、とクロウリーは懸命に考えていた。
マントをにぎりしめられてから半時後、妙なノリの貴婦人(間違いなくAKUMAの香りがする)に押し切られたクロウリーは、彼女と高級カフェのテラスで一緒にお茶するはめに陥っていた。
よくよく見ればエリアーデとは似ても似つかない。
その整った美しさが、エリアーデを彷佛させただけかもしれない。
「改造アクマ・・?であるか?」
クロウリーは、彼女の話が飲み込めないながらも、なんとか事態を認識しようと努力していた。
アクマは、パルフェの上にのった真っ赤なサクランボを華奢な指で摘んで頬張りながらうなずいた。見た目は可憐な淑女だが、言葉の様子はまるでチンピラのようだ。
「そ、クロス・マリアンに改造されたアクマなの。信じらんないかも知れないけど、あのヒトそういう術つかえんだよ」
「い、いや。・・・・そう言うアクマがいるのは知っているである」
・・・・日本行きで出会ったちょめ助の笑顔が思い浮かぶ。
アクマはサクランボの茎を結んで口からだした。
「あ?そう。なら話が早い。
それでクロス・マリアンにこないだ捕まって改造されたんだけど、急にいらん!って放りだされちゃったんだよね。とっとと自爆しろってこと?酷いでしょ?」
「自・・・爆?な、なぜである」
「わかんないけど・・・オレが男だったからじゃね?」
美しいアクマは、不満げに呟き、パクパクとアイスクリームを貪った。

 

 

「え?・・お?」
目前の美女はとろけそうに華やかな笑顔をみせた。
「あれ?おっさん。パルフェ食べないの?とけちゃうぜ?けっこういけるよ」
指摘されて、あわてて、スプーンでかきまわす。が、クロウリーの混乱している頭の中はさらに混乱して、それどころではなくなっていた。
アクマは回りに聞こえないように小さい声で、しかし愉快そうにいった。
「だからね。オレ男なの。
正確にはオレの拘束してる魂が男で、かぶってるコレ(皮)が女。よくあるんだよ、AKUMAにはね。まあ、オレも普段は都合がいいから女のフリしてるんだけどさ。
だってオレ綺麗でしょ?」
クロウリーはまじまじと彼女(いや、彼か)をみつめた。
上等なベロアとシルクで仕立てられたモダンな乗馬着と短靴に身を包み、そのシルエットを惜し気もなくさらしている四肢。
すらりとのびた足。折れるのではないと思うほど締め上げたウエストを盛り付けた豊かな腰。クリームのように柔らかそうに隆起する愛らしい胸元。
長く豊かな金髪に飾られ、蜜蝋ほどに透明なうなじにのった容貌は、たしかに完璧に近い女神だ。
「ねえねえ、オレってすっげ綺麗だと思わない?」
「そう・・・であるな」
クロウリーは素直にうなずいた。
その様子を見たAKUMAはつまらなそうに舌打ちする。
「ちぇ、なんだ。おっさん恋人いるんだ」
いきなりの爆弾発言にクロウリーは心臓が止まりそうになった。
脳裏にエリアーデの至福の笑顔がかすめる。そのビジョンまで見られたような気がして、耳まで赤くなり、あからさまに狼狽してむせる。
その様子をみたアクマは面白そうに笑う。
「人間の男って、おもしろいのな。オレみたいな外側が綺麗なのばかりを追いかけてる奴もいれば、おっさんみたいにぜんぜん不細工なのしか興味なくて、オレに見向きもしないのもいるの」
「エリアーデは、美人である!!・・・・・あ」
反射的に大声をあげて立ち上がったクロウリーは、周囲から奇異に見られて、しゅんと沈んだ。赤い顔がさらに赤くなる。
その様子を見た美麗のアクマはコロコロ笑った。
「そっか、エリアーデっていうんだ。おっさんのカノジョ。
へへええ?何?その様子じゃベタボレなんだね。いいじゃん
わかってるって。オレに興味がない奴らは、なんだか特別なんだよ。レンアイチュウってやつ?
それはオレの言う通りにはならない。
オレのことが好きなやつらはすぐ分かるんだ。
『お嬢さん、お名前は?』って聞いてくる。
したらオレは恥ずかしそうにこんなふうに言う。『見知らぬ方に名前など・・』
するとやつらシッポ振って『では、これからお知り合いに』だとかなんとか言うの。
で、オレは一番いい笑顔を見せてやるんだ。
それだけで、何でも言うこと聞いてくれるし。何でも買ってくれるし、好きなことさせてくれる。・・・まあ、オレAKUMAだから殺すのもちろん好きだけど。
それより、とにかく自分が綺麗だと気持ちいいんだよね。
綺麗な服とか靴とか取り替えるの好きさ、髪をすいたり化粧したり、そのための買い物も好きだし、宝石も大好き」
「でも・・・男・・なのであろう?」
クロウリーは、今一度おそるおそる聞いてみる。
「わりいかよ」
アクマはふくれた。黙っていればそれはどんな女性よりも蠱惑的な表情に見えるだろう。事実、カフェテラスを横切っていく男性は、このアクマに釘付けになっていた。
親し気に向かいに座っているクロウリーに殺意のような眼差しさえ投げかけていく。
「綺麗でいたいんだよ、オレは。せっかく綺麗なんだし。
なのに、自爆だぜ。皮と中身がメチャクチャにぶっとんで、オイルが飛び散って。そんなのたえられない。
・・だからおっさんをさがした」
パルフェのグラスの底まで綺麗に平らげたアクマは、真っ赤な舌で唇をなめながらクロウリーに向き合って
淡々と言った。
「アンタがオレの事、壊してくれない?」

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