瀕死の太陽が地平に触れそうに傾て大きく膨れ上がり、死のようにどす黒い闇が訪れかけている。
クロウリーは息を弾ませながら、町外れにそびえた高い塔を見上げた。
重厚な岩を組上げた要塞のような塔は、夜の薄暗さに霞んで先が見えぬほどひたすら高く、入ろうとするものを拒絶するように禍々しい。

このようなものは、昨日までなかったはずだ・・・。
こんなマネができるヤツらをクロウリーは知っている。
想像したものを実現できる二人組の・・・・餓鬼(こども)。

わざと中へ導くようにアクマの血滴は点々と続いている。
「上・・・か」
躊躇することなく、クロウリーは塔の中に立ち入った。
内側はがらんとしており、壁に螺旋の階段がへばりついている。
上のフロアを見上げる。
高さはあるが、迷路というほど複雑ではなさそうだ。

『おっせえよ!吸血鬼』
覚えのある声がどこからか聞こえた。
クロウリーは発動して血色に染まった眼を細め、嘲笑した。
「やはり、おまえたちか・・元気そうだなクソ餓鬼ども。
殺してやるからさっさと出てこい」
双子のノアが嬉しそうにギャハギャハ笑う声がした。
『相変わらずおっかねーな。吸血鬼。
殺りたいのはやまやまだけど 今日はそんな暇ねえんだよ』
『これから千年公(しゃちょう)によばれてるんだよ。ヒッ』
双子は以前のように小馬鹿にしたような口調でからんできた。
声は聞こえるが、姿はどこにもない。
『残念だけど、アンタに半端なちょっかいだすと、またわかんねえバケモンになるしな。・・やるんなら徹底的にやれるときにしとかねえと』
『今日はたまたま通りすがりのごあいさつでっす♪』

クロウリーはイラついて周囲を見渡した。
見えないだけではない、気配さえ感じられない。
「つべこべ抜かさず姿を見せろ。お仕置きしてやる」
二人が大喜びで嘲笑う。
声の響く中、クロウリーはかまわずに階段へ歩をすすめた。

階段の下に小馬鹿にしたような顔のティディベアが転がっていて、そいつが喋った。
『ブァーカ!オレらもう、ソコ探してもいねえよ。慌てなくても、アンタの事はいつかちゃんと退治してやるからさ、吸血鬼。
そのかわり今日はちょっとしたゲームを楽しんでもらおうと思ってんの、賞品つきだぜ。あのチャラチャラしたアクマ・・・アンタのペットだろ?。
アンタあんなもん飼ってんの?
やっぱアクマの血の予備を採るため?それとも食事用?
まるで恋人同士みたいだったぜ?あんなの可愛がるなんて変態じゃん』
『ヒヒヒイ、ヘンターイ』
「何も知らん小僧共が、ほざいてろ」
テティベアをほうり出し、かまわず、どんどん階段を登る。
とたんに壁から鋭い剣が無数に飛び出してくる。
慌てることなく身をかわすと、足下からも無数の棘が生える。
わずかな跳躍で、身を翻し、数インチのところで回避する。
嬉しそうに声がさらに笑った。
『そうそう。急いだ方がいいぜ?のんびりしてるとアンタのペットがグチャグチャになる』
その言葉に、クロウリーの血が逆流したようにさざめいた。
しかし立ち止まらずにさらに加速して階段を登る。
『オレら気がついたんだよ。アンタにとって、自分が傷つくことより辛いことがなんなのか。・・・しりたいだろ?』
「興味ないな」
『け、ノリわるいな。
まあいいや、どっちにしてもつきあってもらう。
よくあるだろ?お姫さまを助けるために塔に登るゲーム』
『しかもぉ。途中にはそんなふうにトラップがたくさんあるんだよ』
キュイン!と弦をかき鳴らすような音がして、頬になにかが触れる。
「くっ」
危ういところで身をひき、見えないワイヤーから逃れる。
弦の触れた場所から温かいものが頬を伝わる、見ずともそれは自分の血と分った。
闇を見る眼をこらせば、あちこちにはり巡らされた鋼鉄の糸が煌めいて映っている。
触れるだけで刻まれるほど細い鋼糸。
臆することなく血で固めた左手でなぎ払い、歩を緩めることなく駆け上がっていく。
『あ、ことわっておくけど途中にAKUMAどもは置いてないぜ。
アンタに血をやるとパワーアップしちまうからな。
そのかし、ラスボスは用意しといた。楽しみにしといて』
『それからあ、時間制限ありだからね。日が沈みきったら、塔は爆発するよ』
クロウリーは焦燥し、あからさまに舌打ちした。

双子達はなにがそんなにうれしいのか、ゲラゲラと腹を抱えるほど笑っていた。
『まあ、こんなんでアンタを殺れるとはおもってないから、今回のはちょっとした贈り物(いやがらせ)。アンタの為に頑張って想像したんだぜ』
『じゃあ、たのしんでね』
『『またな(ね)。吸血鬼』』
二人の声は綺麗にハモり、消えた。
クロウリーの獣のひとみが、塔の窓から差し込んでくる最後の残光をとらえる。
太陽はもはや、大地に食われはじめていた。

「まったく忌々しい」
クロウリーは、駆け上がりながら吐き捨てた。
どれも子供だましでチープなトラップだが、そのぶん邪悪で禍々しい。
そのつどクロウリーの新しい団服に裂傷が増える。
発動した彼にとって、致命的なものは何一つないが、時間が奪われることがなにより不愉快だった。
上層にあがるにつれ、分厚い岩壁に窓の刻印はなくなり、外の様子は見えなくなった。
しかし日没までわずかな時間しかないことは明白だ。

数えるのも面倒なほどたくさんのトラップを粉砕し、一気に駆け上がると、ついに今までとは全く異なる大きなフロアに出た。
周囲一面が分厚い黒曜石におおわれ、鏡のように輝いている。
闇を灯す蝋燭が壁に反射して、クロウリーの姿を無数に照らし出す。
中央には、教会のそれのように設えた祭壇があり 床には血だまりが出来ている。
はっとして壁上をみあげると美しい金髪のアクマが、天井に縫いとめられていた。
広げた両の手と細い腹を、巨大な鋭い鋲で無造作に留められ、赤い血がぱたぱたと滴り落ちている。
広がったドレスのようすは、まるで蝶の標本のようだ。
「おっ・・さ・」
アクマはクロウリーの姿を見つけると、かすかに声を出し、ゴボ、と大量の血を吐いた。
クロウリーは天井に飛び上がると、鋲をむしり取り、落下するアクマの身体を抱えおろす。
アクマが無理矢理笑った。
「・・・おっさん、馬鹿じゃねえの?オレの事助けにくるなんて」
「やかましい」
クロウリーは背後の殺気を感じ、アクマを座らせると振り返った。
黒い鏡面に映り込む自分の影のひとつが、ゆらりと動いた。
『ラスボス用意しとく』
双子のノアの言葉を思い出す。
「まったく趣味が悪い・・」
旧団服を着ている以外は自分にそっくりのソレは、無表情に間合いを詰めてくると、
牙を剥いて鋭い右手でクロウリーに殴り掛かった。

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