風がふくたびに、ギシギシといやな音が響き、銀色の大理石の床がゆらゆらと揺れた。
その床にぺたんとすわりこんだまま、ミランダ ロットーは涙を流してあやまり続けていた。
「すみません、本当にすみません!」
船の窓をぶち破って部屋に飛び込んできたクロウリーに向かって、彼女は消え入りそうな声で、必死に頭を下げた。
「私の判断ミスです。ごめんなさい、ごめんなさいクロウリーさん」
ミランダの呼吸はだいぶ荒くなっていた。
タイムレコード(刻盤)の発動をたて続けてから、数時間が経過していた。
最初の段階で任務をおえたばかりだった彼女の体力は、既に限界に近づいている。
発動したままのクロウリーは、今まで抱えていたアレンの体をドサリと床に放り出した。ミランダの領域内に入ったアレンの体は、すぐさまダメージをうけた時間を吸われて回復し始めたが、未だ正気を取り戻さない。
アレイスタークロウリーは、外を眺めてを牙を軽く噛みながら、刻盤に吸われつつある衣服の汚れを自分の手でバシバシとはらって呟いた
「気にするな。お前がいなかったら、とっくの昔に私たちは粉々だ」
発動時には珍しく、気遣いの言葉を選んだのだが、意図する訳でなく不機嫌そうなその声は、いよいよミランダを恐縮させる。
「でもっタイムアウト(時間停止)じゃなく、リバース(時間吸収)にしていれば、手だてが見つかったかもしれないのにっ」
「ガタガタさわぐな」
クロウリーは、泣き言を続行するミランダを一喝して、漆黒の眼差しを細めた。
「反省会は、『地面』に戻ってからだ」
窓の外でゆらゆらと 遥か下の地平線が揺れる。
「とっとと、ここから出る方法を考えよう。激突の前に」
目前には…大きな峡谷が迫っていた。



Luftschiff -空の船-



4:16:25

そもそも
事件の始まりは数時間ほど前のコムイからの無線だった。
「え!?そうなんですか?」
コムイからの連絡を受けたアレン ウォーカーは耳元の無線機に向かって聞き返した。「どうかしたであるか。アレン」
アレンの声を聞いたクロウリーとミランダが心配そうに近寄ってくる。リンクもほんの少し眉を潜めて、愛読書から目を離すと通信機に意識を向けた。
ドイツの国境近い町での任務からの帰還途中。
普段なら一番近いゲートのあるベルリンまで汽車で移動するエクソシストたちだが、今日は様子が違っていた。
『うん。ファインダーから連絡がとどいたんだけど、そっちで列車の事故があったらしいんだ。だいぶ大きな脱輪事故らしくて、復旧まで数日かかるそうだ』
「数日?そっか。それはこまりましたね」
アレンが皆にわかるように無線のボリュームをあげながら、相づちを打つ。
コムイは言葉を続けた。
『アレン君たちには次の任務が待っているし、ダイヤの回復を待っている訳にはいかなくてね。
汽車より少し時間がかかるけど、別の交通手段を見つけたから、それで戻ってくれるかい?』
「わかりました。あ…でも馬車だと山越えもありますし、ベルリンまでかなりかかってしまうと思います。あー、もお。ゲートを開いてしまえばすぐなのに。こういうとき奏者の能力を使っちゃだめっていうのが、ムカつきますよね。ほんと中央の人の考える事って…」
アレンのすぐ傍らで、リンクがわざとらしく咳払いをした。アレンは彼の顔をみると、いたずらっ子のように照れ笑いを浮かべた。
コムイにもそれが聞こえたらしく、耳元で笑意声が響いた。
『ははは、まあ、仕方が無いよアレン君。規則は規則だからね。それに今回は馬車じゃないんだ。ちょっとは気晴らしになるかもしれないよ』
「気晴らし?ですか」
その場にいる一同が怪訝な様子で、無線の音に耳を傾ける。
『その町からベルリンまで飛行船の定期便が出ているんだ』
コムイの声が、少し愉快そうに言った。


<続く>