「まったく。船戦(ふないくさ)は相性が悪い」
飛行船の気球の上で、数発のアクマの砲弾をはじき飛ばしたクロウリーは吐き捨てるように言った。
彼は、翼のような大きな衣の裾を上空の強い気流にあおられながら、360度の焦げるような蒼い空を漆黒の瞳で睨みつける。彼は鋭い視力と感覚でアクマの数を把握しようとしていた。
船下の気配も含め、レベル1が30体、レベル2が10体というところだろう。
「こんな上空にいるにしては数がおおいですね。移動の途中でしょうか、このアクマたち」
「知った事か、一戦交えるにかわりはない」
わかりきった事だが、二人の寄生型エクソシストにとって、空中戦はとても不利だった。アクマたちは空中を自在に動き回る。いくら跳躍力のあるクロウリーでも、クラウンベルトをのばす事の出来るアレンでも、足場が無い以上、攻撃範囲に限界があった。
唯一の足場となる飛行船には、ミランダの時間吸収が働いているとはいえ、これ以上攻撃を当てさせるわけにはいかない。
「気をつけてくださいクロウリー、一歩踏み外せば真っ逆さまですよ!」
左指にエッジエンド(破滅ノ爪)を現したアレンが呟く。
「言われんでも、わかって、い、る!」
クロウリーが、甲板のように広い気球の上を走り出した。
その両手を自分の血で深紅のガントレット(手甲)に凝らせたクロウリーは、船の端に踊りでると、何の躊躇も無く尾翼の先端に止まり、そこから倒れ込むようにふわりと落下した。
そのまま真下に潜んでいるレベル2の体の上に見事に着地し、その醜く滑稽な肉体に手刀を深く突き立てる。
アクマの体から、クロウリーのイノセンスにのみ芳しい猛毒のオイルが吹き出し、彼の体を赤く染めあげた。
『グオオオオアアア』
身の毛のよだつアクマの断末魔が、遥か下方の山脈にこだましたかとおもうと、はち切れるように爆発する。
間髪入れる事無く、恐ろしい跳躍力でアクマの体を蹴り上げたクロウリーの姿は、高く上昇して太陽の光輪を背負い、骨炭色に染まった。どこまでも飛翔するかと思われたその身はすぐさま重力に囚われ、一瞬滞空する。とみるや、空を蹴り上げるようにその身を反転させて、迷う事無く次の獲物に襲いかかった。
『クロスブレイブ(十字架ノ墓)』 
クロウリーの動きに会わせたアレンが光の十字架をはなち、浮遊するレベル1の群れを吹き飛ばす。
十字架に切り刻まれたアクマたちは壁に叩き付けられた卵のように炸裂しながら、爆焔を咲かせて次々に消滅していった。
その爆風をわざとはらんだクロウリーは、コサック兵の放つ矢のような見事な鋭さで加速し、次の獲物に襲いかかり、己の牙を突き立てた。血を啜られゆくレベル1は見る間に萎え、バランスを失って失速する。
彼はその死体を踏み込むと、血の手甲でさらにもう一体を突き壊し、船の外側にけり落として、タイムレコードの針板の上に陣取ったアレンのそばにようやく着地した。



『あわてるな。アイツら飛べるわけじゃねえ、うーんと離れて攻撃しろ』
一体のレベル2が号令をかけると、アクマたちは船から距離を置き、二人を取り囲むように、旋回した。二人は背を合わせ、敵群の出方を図った。
「くるぞ!」
クロウリーが言うがはやいか、二人にめがけて一斉に集中砲火が襲いくる。
「クラウンベルト!!」
アレンの銀白いマントが花びらのように咲き乱れると、タイムレコードと二人の体を包み込み、砲弾を跳ね返した。
『チックショオ、撃て撃て、撃ちこわせ!』
アクマのわめき声。
砲撃が続いている。
白いドームの中に収まった二人は、外の様子をうかがった。
「案の定、距離を離されましたね」
「なるべく早いターンに敵を減らしたかったが…やはり、簡単に一掃という訳にはいかんな」
二人は息を整える。いつまでもカラにこもってはいられなかった。
寄生型である二人は、血の砲弾に多少撃たれてもなんとかなるが、このまま流れ弾が船にあたりつづければ、船を守るミランダがもたなくなる。
乗客の危険も予想できた。アクマたちが、こちらに気をとられているうちに殲滅しなくてはならない。
クロウリーの背中を守るアレンがぼやいた。
「こんなとき空を飛べるリナリーがちょっぴりうらやましくなりますね。そういう能力があれば楽なのに」
「天使の翼でも欲しくなったのか?」
クロウリーはあからさまに笑った。
「フッ、…似合いそうにないな」
「お互いさまです」
珍しくふてぶてしいアレンの言葉にクロウリーは愉快そうに笑みを漏らした。
「つばさか、なるほど。似合わぬかもしれんが、やってみる価値はある」



続く