白い花のように蕾んだクラウンベルト(道化ノ帯)に守られながら、二人のエクソシストは反撃のチャンスを狙っていた。
「出ますよ」
「ああ!」
砲撃の一瞬の隙をついて、アレンはクラウンベルトの殻をほどいた。
クロウリーがすかさず走り始める。二人は正反対の方向にわかれ、猛スピードで足元のわるい気球の上面を疾走し始めた。
『ああん?攻撃をかわしてるつもりか?バーカ。二手に分かれたって意味ねえよ』
アクマがせせら笑う中、十分の距離を置いたクロウリーは急停止した。
「うオアアアリャアアアアアアアアッ」
ありったけの力と声を振り絞って、その右腕を振りかぶる。
その手首には、最大限にのばされたクラウンベルトが巻き付いていた。
ベルトにひっぱられたアレンの体が、急激にひきもどされた反動で、船の慣性から外れて空中に放りだされた。
「うわわわあーーー」
踏ん張ったクロウリーがすかさず、ベルトを引き戻してハンマー投げの要領で振り回す。
クラウンクラウン(神ノ道化)の白銀のマントが羽根のように広がると風をはらんで、滞空し、アレンの体は遠心力の先端に捕縛されて弧を描き、空中に踊りでた。
少年は生まれてこのかた体験した事の無い恐怖のあまり、思わず絶叫した。
「ギゃああーーーーー」
「今だ小僧!いけえええ」
「ク、クラウンエッジィィッッッ(爪ノ王輪)」
アレンの左の指々からさらに外側に向かって放たれたビーム状の王冠が、気球の上のクロウリーを中心に半径300m以上に及ぶ光の正円を描き出す。
アクマはその輪を結ぶ光に焼かれ、あるいはクラウンベルトの軌跡に巻き込まれて、切り刻まれ、一瞬にして灰になっていく。
クロウリーの猛々しい叫びとアクマの断末魔と大爆音と
アレンの元気な悲鳴が天空に響き渡った。



やがて、雲が流れ、晴天に再び静けさが戻っていく。
アクマの気配がもはや感じ取れない事を 自分の牙に確認したクロウリーは、ほう、と息を吐き出した。
「うまくいったな小僧。…おい?どこだ?」
手首に絡んだままピンと張ったクラウンベルトが、気球のふちから外下に向かって垂れ下がっている。
クロウリーは、ずるずるとベルトを引きずったまま、縁までいくと、地上を見下ろした。
遥か下までのびたクラウンベルトの先に、アレン ウォーカーがからまっていた。
まるで白いみの虫のようにふらふらと風に揺れている。
「早くあがってこい、作戦成功だ」
「………みたいですね。良かった…」
アレンはクロウリーを見上げ、力なく笑うと
「…死ぬかと思った」
と付け加えた。



「引っ張ってもらってもいいですか?なんだか、ちょっと…力ぬけちゃって」
発動したままのクロウリーは、推進翼の先に立ち、アレン ウォーカーを乱暴に引き上げはじめた。
ぐいぐいと引き上げるたびにアレンの体が大きく揺れる。
「ク、クロウリーそんなに揺らさないでってば。落ちます落ちます!」
遥か下の方で、アレンが哭いた。
「大丈夫だ。心配ならそのマントにくるまればよかろう」
そのとき、
なぜかクロウリーのすぐ傍らで爆発が起きた。飛行船の翼が消し飛び、彼の広い上着裾が爆炎に飛びちぎれる。
「!?」
爆発はすぐさまフィルムを巻き戻すように、収縮し、ミランダの時間吸収に呑まれていく。
しかし、爆風にはじかれ、体勢を崩したクロウリーは膝をついた。大きく傾いた反動で、クロウリーの右手にからみついていた滑らかなクラウンベルトがするりと外れた。
「しまった!」
ブン!とクラウンベルトがはじけ飛び、ずるずると引き落ちていく。
「わああぁぁ!」
一瞬、アレンの声が遠く響いた。
「アレン!!」
クロウリーは全力でダイブし、かろうじてベルトの端に飛びついた。
間一髪でアレンの命を掴んだクロウリーにさらにもう一つ爆炎が襲いかかる。外壁のアルミ片が鋭い刃物のように降り注いだ。
爆発の破片と熱で、クロウリーの強化された皮膚さえもがざくざくと切り刻まれる。血を吸ったばかりのクロウリーの体は時間吸収の力が働く前にその皮膚を再生し始めるが、痛みだけは激しく残響する。
だが、彼はアレンの命綱を二度と離すまいと歯を食い縛って耐えた。
「ぐ、くうう。くそっ。無事か?!…アレン!」
返事が…聞こえない。
「アッレェェン!」
本当に落ちたのでは?という考えがよぎり、クロウリーの心臓が強張る。
ー頼む…。返事をしろ!
爆音の中で、アレンの声がかすかに響いた。
「く、クロウリー!」
ほっとしたクロウリーはしっかりとベルトを掴みなおし、ありったけの力で引き上げる。
大きく振り回されながらようやく這い上がったアレンは青ざめ、肩で息をしていた。
「油断した、すまん。」
「はあはあ、どういたしまして。一瞬あせりましたけど平気で、ウエッ-失礼。ちょっと目が回ってキモチワルイ…」
クロウリーは風になびいていく爆煙を見渡した。
「一体なにごとだ、もうアクマはおらんというのに!?」
「なにか人工的な爆発みたいですね、どうも様子が変だ」
アレンは、体を起こしながら船の中央を見上げて顔色を変えた。
「クロウリー、タイムレコードが!!」
ミランダが発動しているはずのタイムレコードが、蜃気楼のようにぶれ、一瞬途切れる画像のように形を崩した。
「タイムレコードの発動が途切れかけている。ミランダさんの身になにか…」
「戻るぞ!」
二人は大きく傾いた船の外壁を滑り降りるように下ると、急いで船室に向かった。



続く