0:52:36

暗闇がリンクを覆った。
ー撃たれた…。
とリンクは思った。
ー長官!申し訳ありません、こんなところで…
無念の言葉が頭をよぎった瞬間、風が舞い込み、目前の黒い闇が取り払われた
エクソシストの漆黒の上着が大きくなびく。
アレイスター クロウリー三世が、リンクの前に立ちふさがっていた。
「ふううううう」
リンクの目の前に仁王立つ長身のエクソシストは、しぼるように呼気を吐き出すと、握りしめた右手を見せつけるようにゆっくり開いた。
カツン…
クロウリーの掌中から、小さな鉛の魂が落ちて、鈍い金属音が鳴り響いた…。
リンクの頭蓋めがけて発射されたはずの銃弾は、クロウリーの手で、弾道から掴み取られていた。
摩擦で焼けこげ、未だ白煙を上げている自分の手袋を一瞥したクロウリーが、銃口を構える男をゆっくりと振り返る。
「まったく、マナーを知らんヤツめ」
鋭い牙と人外の貌とが、怒りに満ちていた。
「う、わ」
恐れをなした、男が引き金を引く。
銃声は何度も鳴り響いたが、アクマの血をたっぷり吸ってMAXに発動しているクロウリーには当てる事さえ出来ない。
数体のアクマが放つ砲弾の雨さえ単独で防御できる彼にとって、安っぽい拳銃の弾など、おもちゃのようなものだった。
続けざまに放れた銃弾は、クロウリーの掌に掴みとられ、あるいははじき飛ばされた。
クロウリーは、まったく無防備に立ちはだかると、じつに冷酷な声で言った。
「下衆が!我がともがらを傷めつけた罪 許されると思うな」
「ヒ…ば、ばけも」
刹那に、クロウリーの傍らから、稲妻のようにリンクが躍り出た。
低い体勢から床に手をついたリンクは、激烈な回し蹴りで銃をはじき飛ばすと、その反動を利用して身を起こし、男のこめかみに深いヒジ打ちを入れた。脳しんとうを起こしかけてよろめく男の腹に手刀を突き立て、さらに固めた拳でねじり込むようにレバーブローをお見舞いする。
この間、わずか3秒。
「失礼な事を…。彼はれっきとしたエクソシストです」
リンクは、いつもの冷静な口調で言った。まったく息も切らさぬ風情でクロウリーの隣に立って、わずかに乱れたリボンタイの中央庁のエンブレムを正す。
「なかなか出来るな、童っぱ」
クロウリーの褒め言葉にも、リンクは顔色ひとつかえない。
「やられっぱなしではアレン ウォーカーに示しがつきませんからね」
「畜生!」
男は口の端に血泡をふきながら、倒れているミランダをとらえようとしたが、一足先に彼女の体は白い帯に絡めとられて、アレンの傍らに引き寄せられた。
「怪我はありませんか?ミランダさん」
「アレンくん!」
リンクはドアに立ちふさがった。
「もう逃げられませんよ、おとなしく投降なさい。貴方にはいろいろ聞きたい事がある」
「へ……へへへ、ひゃああははは」
男は半ばヤケになって、ドアの前のリンクに猛突進した。
道連れ覚悟、狂乱したかの様子で乱暴にすべてを突き飛ばし、ドアの外向かって身を投げる。
「リンク、危ない」
アレンが叫んだ。
半身でかわしたリンクは、とっさに仕込みナイフをかふる。
ナイフは、空に身を投げた男には届かなかった。が、男の背中のバッグを引き裂き、その中からパラシュートの中身が溢れ出した。
風圧にこねまわされた布と紐は、きれいに開くはずもなく絡み合い、男の体を押し包んで、そのまま地上へと落下していく。
「うわ、わあああああぁぁぁぁぁぁ……」
絶望的な悲鳴は、やがて風の音に呑み込まれ、聞こえなくなった。
その様子を苦悶の表情で見下ろしていたリンクは、やがて気をかえて振り返った。
「急ぎましょう!船にはまだたくさん時限爆弾がしかけられています」



0:03:48

「ありました!これで、8つめです」
アレンの報告が無線機の向こうから響いた。
船内を知りつくした乗務員たちと、飛び回って船の下方まで観察できるティムキャンピーのおかげで、動力部と船の内外の要所に取り付けられている時限爆弾はすぐに発見する事が出来た。それをクロウリーが遥かな地平に向かって投げ、アレンがクラウンエッジで撃つ。
手作りのチープな爆弾は花火のように、次々と爆炎をあげて消えた。それぞれの威力は小さそうだが、数が多く、一斉に爆発すれば、船の爆発が確実だっただろう。
その間にも船は着陸できる場所を探して高度を落としている。
ラウンジに集められた怪我人の真ん中に立って、リンクが返事をした。
『アレンウォーカー、聞こえますか?乗客はほとんど無事です、多少怪我をした者があるが、アクマの砲弾にはあたっていない。応急処置もすみました。それから20kmほど先の山頂近くに、小さな高湿地があるそうです。そこになら不時着できそうだと船長がいっています。着陸したらすぐに避難出来るように、皆待機させています』
「よかった。爆弾もほとんど処理済みです。これからそっちに戻ります。あ、リンク。きみの体は大丈夫ですか?」
「もちろん」
まっさきに爆弾処理を買って出たリンクだったが、ミランダの強い説得で客室に残され、応急処置を施される事になった。
「駄目よ、止血をしっかりしてください。撃たれているんですよ!リンクさん」
「包帯を巻かれると、動きづらいんですよ」
リンクはぼやいたが、ミランダの言う事には従った。命に関わるほどの怪我を追った事を重々承知していることもあるが、彼の命をつなぎ止めてくれたミランダのイノセンスの能力に敬意を評したのだった。
リンク本人の観察を信じるならば、銃弾はすべて急所を外れているようだった。
が、銃で3発も撃たれている以上、油断は出来なかった。
「それが動き回れるとは、イノセンスの力はやはりすばらしい」
もちろんリカバリーが解除されれば即座に重傷のダメージと痛みが戻ってくる。
それでも、命を失ってしまう事を考えれば、遥かにましだった。
同じように、着陸への希望が乗客たちの動揺を沈静化した。
危機的状況には違いないが、船内には少しだけ明るい空気が流れ始めている。
しかし…。
「どうしましたミランダ」
リンクは、落ち着かない様子のミランダに気がついた。彼女が疲労困憊なのはわかるが、不安そうなその様子は、先ほどまでとは少し違って見える。
「あの…言おうかどうかまよっていたんですけど、考え過ぎかもしれなくて。でもずっと気になってて」
「なんですか?言ってください」
「さっきのブローカーの男の人、どうしてあんな言い方したんでしょうか?『どのみち体が吹き飛べば、あんたらは全員助からない』って。
体が吹き飛ぶって。船が墜落するのと、なんだか言ってる意味が違うような…あの……もしかしてみんなのいる場所にもっとなにか…」
ミランダの言葉を聞いたリンクが顔色を変えた。
「客室の中は全部調べたんですか?!爆発物は?乗客の手荷物は?」
近くにいた乗務員があわてて答える。
「怪しいものはありません!隅々までしらべましたが、爆発物も見つかってません!」
しかし、リンクは確信した。
ー念には念を入れて…
男の歪んだ笑い顔が目に浮かぶ。
「いいや、いいや間違いない。ミランダの言う通りだ。今までの爆弾が小さいのも気になっていた。ヤツはその為にわざとあの爆弾を見せたんだ。爆発物の形状を思い込ませる為に、我々の目をそちらに向けさせる為に」
「まさか、まだ…客室に爆弾がー」
「ええ、それも…もしかしたら、とびきりデカイやつが…」
リンクは周囲を見回した。それらしいものはなにも…
「なにかあったんですか?」
凍り付いた空気の中を割ってアレンとクロウリーが戻ってきた。
静まり返った部屋の中を怪訝そうに見渡したクロウリーがふと、眉をひそめる。
「何の音だ?これは…。なにか耳障りな…」
彼は獣の聴覚を傾けた。同じエクソシストのマリほどではないが、彼の五感は遥かに人間の能力を超えている。
クロウリーの不審そうな眼差しがしばしさまよった後、ラウンジの真ん中の円柱に埋め込まれた大理石の大きな時計に留まった。
周囲の人々も彼の目線を追う。
「なぜ…時計の音が二重に……?」
クロウリーは、ハッとしてアレンの顔を見た。
「……ま…まさか!!」
「それって!」
「そいつだ!」
その意味を瞬時に理解したクロウリーとアレンとリンクは、大時計に突進した。



0:00:00

そのとたんに、皆の目前で時計が炸裂し、閃光が溢れ出す。
一瞬に、世界が白く輝いた。



続く