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「どうなってるんだ?」
呆然と立ちすくんだ乗客たちの目の前に信じられない光景があった。
大理石を割るように炸裂して、火柱を吹き上げる大きな時計は、爆発の途中を写真に切り取ったかのように微動だにせずにそこに存在していた。
「よ、よ…かった…間に合った」
ぜいぜいと浅い呼吸をしながらミランダが呟く。
そして、彼女は緊張のあまり、へなへなと座り込んだ。



ミランダがタイムアウト(時間停止)を発動したのは、爆発と全くの同時だった。おかげで、誰もダメージを受けるなく食い止められた。
あと0.5秒おそければ、すべてが灰燼に帰しただろう。
「ミランダさん!ありがとう」
アレンの言葉に、かすかに笑顔を見せたミランダだったが、すぐに深刻な表情に戻った。
「でも…ごめんなさい。とっさに…タイムアウトをかけてしまって、この後どうしたらいいのかまで考えてませんでした…。それに…わたし、リカバリーの消耗が激しくて、かなりもう」
アレンは、事態の深刻さを把握してはいたが、励ますように、大きく笑顔を見せた。
「大丈夫!きっとなんとかする方法があるはずです。地上までもうすぐです。どうか、それまで耐えてください、ミランダさん」
ミランダは、深く深く、うなずいた。



乗務員たちが、緊急着陸の準備の為に緊迫した様子で船内を走り回る中、ミランダは、停止している大時計のすぐそばに座り込んだ。なるべく結界を小さくしぼるためだろう。一瞬でも気をそらせてしまうと大爆発を取り戻す事が出来ない。同時にこれほど大きな飛行船全体にリカバリーを施しているため、消耗は著しかった。おまけに、今朝までの任務にすでに体力を使い果たしてもいる。汗だくで疲労困憊の様子ながら、彼女はしっかりとタイムレコードを掌握し、発動を続けていた。
リンクは乗客たちに受け身の体勢をとらせると、ミランダの傍らで、彼女の体の保護に注意を払いながらデッキに向かって叫ぶ。
「こちらは準備できました、アレン ウォーカー」
みるみる近づいてくる地面を、男たちは緊張した表情でにらんでいた。
「いいですね。僕が合図をしたらプロペラの逆回転ですよ!」
たった15歳の少年の指示に、乗員たちが真剣にうなずく。
アレンは、白い道化の姿で開け放たれたデッキの真ん中に立ち、その瞬間を見計らった。
傍らのクロウリーも、静かに信頼する仲間の動向を見守っている。
飛行艇が地面すれすれに降下すると、湿地の水面が風圧でさざ波をうち、地上に映り込んだ蒼い空が震えてかき消される。
「今です!!」
アレンの号令で、船長はエンジンを逆回転に切り替えた。
同時にアレンは、自らのイノセンスを最大限に稼働した。
「クラウンベルト!」
白い触手のような帯が船のデッキから四方に伸び、銛のように湿地の地面に打ち込まれる。
ギギギイイイイッ
急激に速度を殺された船は、なおも先へ飛ぼうと大きく軋みをあげてもがく。
衝撃で船が大きく揺さぶられ、客たちが悲鳴を上げた。
クラウンベルトの中心にあるアレンの体に、船の重量がのしかかる。
「ぐっうっ、あ、お、おとなしく、地、面にお り ろ!お、ぐ、があああああぁあっ」
ギキ、ゴ、ゴゴ
船が不吉な音を立てて軋む。
船長が操舵室から大声で叫んだ
「地上の風が強い!船があおられています!中断したほうが!」
「ダメです!このままおろします!時間がない」
アレンの言う通りだった。体勢を立て直してもう再度着陸を試みるには、いったん浮上して大きく旋回するしか無い。
それにはあまりにも時間がかかる、ミランダの体力が限界なのは、アレンにもわかっていた。
「しっかりせんか!小僧!」
手助けする方法の無いクロウリーは、いらだちを抑えきれずに声を張り上げた。
「やっ、てるんですけどねっ」
呻くようにアレンが呟く。
船の船室部がようやく地面につくかどうかという高さで、擦れて嫌な音をたて、なおも浮上しようとその体を軋ませた。
ギギギアザザザザガガガガガガッ



ビンッ



太い弦をかき切るような音がして、道化ノ帯の一本が大地から爆ぜ飛んだ。
「うあっ」
アレンの体がなぎ倒される。弾みで、次々と道化ノ帯が外れていく。
「まずい、船が浮きます!」
リンクが叫んだ。
「クソッ」
クロウリーは船を飛び出した。
湿地に飛び降りると、爆ぜた帯の端を掴んで引こうとする、が、重量の差に負けて、その身はギシギシと引きずられていった。それでもなお、クロウリーは大地に足をつけ、最大限に筋肉を張り、耐えた。
「ク、クラウンベルト!!!」
立ち上がったアレンは、ひるまずもう一度、帯を大地に打ち込む。
船はわずかに浮いているが、かろうじて地面すれすれに留まった。
クロウリーは叫んだ。
「キンパツ!!今のうちに客をおろせ!」
間髪入れず、リンクが指示する。
「全員退避!指示通り入り口に近い者から!慌てるな!」
乗員たちも、パニックに陥りかけている客をなんとかなだめて外に押しやっていく。
「すぐ下は地面です、飛び降りても大丈夫です」
「ゆっくり、慌てないで!」
「あ、わ て て く だ さ いぃ」
アレンが呻いた。
「地、面が、柔らか過ぎて、くそっ。まずい」
ビキッ
ビンッ
再度、湿地に打ち込まれた道化の帯は、大きな音を立てて次々はじけていった。
一本、又一本。
さらに強い風が吹き、飛行艇が横薙ぎにされる。
船が巨体をあげ、クロウリーの体もついに空中につり上げられた。
「チイィィッ、おのれえ」
クロウリーの歯がみとは裏腹に、
船が再び上昇し始めた。



続く