「おい小僧。いい加減に起きろ」
クロウリーは、床に落ちているアレンを足でこづいた。
「んン…乱暴はやめてくださいよ、クロウ…リ」
乱暴に揺すぶられたアレンがうっすらと目をあけた。
しばしの混乱の中で記憶を辿り、がば、と身を起こす。
「クロウリー!!じょ…状況はどうなっていますか?」
「最悪だが、まだ生きている」
クロウリーは、アレンに手を貸して起こしてやった。
「もう時間もない。私の言う通りにしてくれないか」



自責の念に駆られ、ミランダ ロットーは泣きつづけていた。呼吸は締め上げるように荒く、既に体力の限界を超えている。仲間の命を守る自分のイノセンスは、いつ発動が解けても不思議ではない状況にある。もはや彼女には嘆く事と謝る事しか考えつけなかった。
「す、すみま、せ。わ、私にもっと力があればー」
「もうだまれ」
不機嫌な声で言い放つと、クロウリーは大きく拳を振り上げた。
バキッという大きな音がして、ミランダは思わずすくみ上がった。その目前にパラパラと大理石の破片が落ちてきたのを、つい見上げる。クロウリーが拳を固めて、ミランダが抱えている爆弾の埋め込まれた柱の一番上をへし折ったのだ。
ミランダが何かを言う間を与えずもう一発。
ゴギ!メギメギ…
今度は柱の足下を蹴り砕いたかとおもうとクロウリーはそれをむしり取った。
と、みるや、ミランダの体ごと腕で抱え上げる…。
「ク、クロウリーさん!?」
フンとクロウリーは鼻を鳴らした。
「脱出には何の問題も無い。お前がコイツを手離せないなら、一緒に運べばいいだけだ…」
彼は、重く冷たい大理石の柱と(しかも中の爆弾が爆発中だ)ミランダの華奢な体とをそのすらりとのびた両腕で、しっかり抱いた。
しかしすぐさま、むしり取った柱にリカバリーが作用し始める。
タイムレコードの光が舞い降りるのを見たアレンが叫んだ。
「ミランダさん。リカバリーの範囲を僕だけにしてください。船はもう外して平気です、もちろん爆発物のタイムアウトは続けてくださいね!」
「は、はい!」
状況が呑み込めないながらも、ミランダは即座にその指示に従った。
戦火をくぐってきた仲間同士の信頼がミランダを安心させ、行動を迅速にする。
すぐさま、船のあちこちに爆発が戻り始め、大きい衝撃が襲ってくる。
「きゃああ」
ミランダは思わず悲鳴を上げた。
クロウリーはおびえる彼女をしっかりを抱きしめた。
「大丈夫だ。絶対にお前たちを死なせない」
クロウリーは、牙を見せてニイっと笑った。
「行くぞ小僧」
「はい!」
アレンも、真剣な面持ちでクロウリーの体にしっかりとしがみついた。
クロウリーは、その足でドアに向かい、強く蹴り抜く。
ゴッという風が、クロウリーの上着を大きく舞い上げ、冷たい空のまぶしさが、それぞれの目に痛みを届けた。
嫌な予感にかられたミランダが尋ねる。
「あの…クロウリーさん、一体何を…」
「ここから飛び降りる」
言うが早いか、その体が宙に躍った。



「きやあああぁぁぁ…っ」
ミランダの悲鳴が、天空を引き裂くほどに響いた。
三人の体はきりもみ状態になり、ぐるぐると落ちていく。
激烈な気流の中でもみくちゃにされながら、三人の視界に飛行船が岩壁に衝突する様がとびこんできた、リカバリーで回復していたアクマの無数の攻撃に爆弾の爆発も加わり、船は早回しの映画を見るように大爆発を起こして炎上し、消し飛んでいく。
「間一髪だな」
クロウリーは、落下する感覚にようやくなれ、空中でうまくバランスを取り戻すと、地上に目線を遣った。
彼らの体は深い渓谷にむかって落ちていた。
息も出来ないほどの速度で、大気の底へ抜かっていく。
大地がぐんぐん近づいてきて、このまま激突するかと思われた時、クロウリーは叫んだ。
「今だ小僧!」
「はい!」
アレンはクラウン・クラウンを発動すると、その白いマントを大きく広げた。
「うおりゃああ!」
同時にクロウリーは、抱えていた大理石の柱を地上に向かって全力で投げ捨てた。
「っ!」
ミランダの体が恐怖に引きつる。彼女の手を離れてタイムアウトから外れた爆弾と彼らの間は、クロウリーの腕力のおかげでわずかに距離が生じた。ふたたび閃光を放ったかとおもうと大轟音をあげ、ついに爆発した。
ドンッッッッッッ!
しかし
爆発のダメージを直接受ける事は無かったものの、その爆風が…焼け付くような熱風と衝撃音が、落下する彼らの体に向かって襲いかかってきた。
アレンの白いマントがその風を孕んで膨らみ、大きな翼のように大気をとらえる。
爆風が彼らの体を押し上げて落下速度を緩め、ついに彼らは、ふわりと風にのった。

「いいぞ、このまま-」
「まずいです。クロウリー!」
アレンが叫ぶ。
「ミランダさんが気絶してます!」
「な、なにい?」
クロウリーの腕の中で、ミランダが引きつったような笑みを浮かべながら失神していた。
疲労と緊張の限界に達していた彼女は、先ほどの爆発でとうとう気を失ったらしい。
リカバリーが解け、アレンの体にも時間が戻ってくる。
「す、すみませ…ク…ロウ…リ」
ガクンと、アレンの体が強張ったかとおもうと、その唇から血がにじみ、少年も気を失った。
「たわけーっ」
一人残されたクロウリーが絶叫した。
風を捉えていたアレンのマントが力を失い、三人の体は再び引力に拿捕される。
落下速度が再び増した。
地面までは、後わずかだ。
クロウリーだけなら…この高さからの着地は、あるいは可能かもしれない。だが、生身の人間には、到底耐えられる衝撃ではない
「くっそおおおお!」
クロウリーは覚悟を決めると、二人の体を離さぬようにしっかりをひきよせて体を水平にするようにもがいた。空気抵抗を増やすためだ。彼の身体能力の高さが功を奏したのだろうか、わずかながら滑空するような状態になり、三人の体は谷底の岩場ではなく、麓の森の方角に落下していく。
渓谷の深い針葉樹の森がぐんぐん近づいてくる。
クロウリーは、腕の中の二人をかき抱き、上着で包み込んだかとおもうと丸くなるほど縮こまった。
その躯がそのまま森の中に突っ込んでいく。
「がああああああっ」
彼の体はケモノじみた叫び声とともに高い木々に激突し、激しく枝幹を薙ぎ折りながら、背中から落ちていった。
バキバキバキメギバキッ
木々の枝や葉が彼の体を責め苛なみ、切り裂き、杭のように突き刺さる。
しかしそれがクッションとなって、その落下速度が弱められていく。
「っぐ、アアアアアッ」
クロウリーは、凄まじい音を立てて、ついに地面に激突した。
ドンッ!!!!
地面が震え、遠くで鳥たちが一斉に飛んだ。粉塵が巻き上がり、バラバラと嵐のように木っ端が降り注ぐ。
が、
それもつかの間…
森の中は、すぐさま静寂を取り戻した。



続く