血の興奮が覚めないまま、クロウリーは廃虚にたたずんでいた。
ゆっくりと翼をたたみ、うわずる呼吸を整えようと無理に押さえる。
しかし、
たらふく吸ったAKUMAの血が躯の中で爆ぜ、その身の肉を、細胞を煮えたぎらせていた。
牙がクロウリーの脳髄に囁き続ける。
まだ壊し・・足りない・・。
「クロちゃーん。こっちはかたずいたさ」
打ち壊された石壁の向うでラビが叫ぶ。
その声に、心の片隅でどこか安堵し、自らに言い聞かせる。
「戦闘終了、だ」
踵を返せば、AKUMAの残骸と・・人の死骸。
戦いは、この土地にある生を根こそぎむしりとってしまった。

-もし、もう少し早く、この村に来られていたら・・・
-もし・・・たら。だと?
「笑わせる」
彼はいまいましそうにつぶやいた。
-過去を変えることはできない。
そういいながらつい引き起こすイメージ。
-もし自分がふつうの人間だったら・・・
-もしエリ・・・

彼はその考えを振り飛ばすようにブルッと頭を振り、炎の闇を見渡した。
臥待月が登る頃。
人の目には闇でも、今の彼の目には暁のように明るい。
その獣の瞳がなにか動く物をとらえた。
崩れた城壁の隅に、隠すように、なにかボロ布に包まれた物体がおかれていた。
「・・なんだ?」
「クロちゃん。どうかしたんか?」
大鎚をしまい込みながらラビも近付いてきた。
「なにかいる」
恐れることなく手をのばす。と。
黒い手袋に包まれたクロウリーの細い人さし指を 何かが握りしめた。
それは小さな、人間の・・・

 

 

THE NIGHT SONG  (夜唄)

  

 

「赤ん坊を拾ったですって!????」
ラビとクロウリーを迎えに出ていたアレンは、とっぴょうしも無い声で叫んだ。
「だ、だまれ!」
クロウリーは大慌てでアレンの口を塞ぎ、そのまま抱えて早足でフロアを駆け上がると、自室に引きづりこんだ。
ラビもすぐに続く。
クロウリーはアレンをベッドの上に放りだし、その横に自分も乱暴に座り込んだ。
「な、なにするんですか」
沈痛な深いため息を吐きながらクロウリー(発動中)が脅す。
「つべこべ言わず協力しろ!」
「つべこべって、まだ何も言ってな・・」
「頼むよアレン」
げっそりそした様子のラビも必死で頭を下げる。
「力かしてほしいんさ。コムイにしれたら、棄ててこい!とかいわれかねないしょ?
なんとか、うまく赤ん坊の居所を確保したいんさ」
ラビの言葉をきいていたアレンは、怪訝そうに眉をしかめた。
「へええ?クロウリーはともかく。リアリストのあなたから、そんな言葉を聞くなんて思ってもみませんでしたよ」
ラビの耳が少し赤くなった
「からかうなよアレン!なんつうか、その・・・」
言い淀むラビの言葉をクロウリーがぼそっと引き継いだ。
「罪滅ぼしだ」
「罪滅ぼし?」
「・・・・・面倒だが」
クロウリーそっとマントの肩を跳ね上げた。
そこに小さな赤ん坊がいた。
生後一年にはならないだろう。クロウリーの腕にしがみついている。
柔らかな金髪が、天使のように愛らしい。
急に明るくなったのに驚いたのか、琥珀色の目を丸くしてアレンを見上げた。
「だあ?」
アレンの眼差しが柔和になる。
「小さい、ですねえ」
「な?心細かったのか、クロちゃんの手にしがみついきたんさ。・・・村は全滅だったんさ。たぶん、俺らがもっと早く行けてりゃ、そうはならなかった。
もちろん育てようっていうんじゃない。ちゃんとした施設にいけるようにさっさと手配する。その間クロちゃんが面倒をみるっつうことで、・・」
「私?」
急に振られてクロウリーは動揺する。
「だって!赤ん坊拾ったのクロちゃんだし、俺はこれに関してはあくまでサポーターっていうか?」
ラビが慌てて言い訳する。
「放っといたら餓死すると言ったではないか!」
「それは、事実を述べただけで!!」
アレンは、しい!と指を立てた。
「赤ちゃんがおどろくじゃないですか」
ぎょっとして二人は沈黙した。
当の赤ん坊は、暖かな部屋の様子に安心したらしく、はいはいして、ベッドの上にまろび出ていた。
「うーオーぃー?アヤィ」
赤ん坊はご機嫌だ。意味不明の言葉でしきりに、クロウリーに話し掛ける。
クロウリーは不機嫌そうだが、その動作にいちいち反応し、うなずいていた。
なんだが不気味というか、奇妙な風景だ。

「なるほど・・・つまりラビはクロウリーに押しきられたわけですね。
・・・そうか、この子孤児なんだ・・・
ところで一つだけ聞きたいことが」
「何さ」「何だ」二人がハモる。
「どうしてクロウリーは発動したままなんですか?髪、跳ね上がってますよ?」
「う・・」
たしかに。
その姿は柔和な普段の面差しとは異なっていた。
クロウリーは発動状態のままでホームに戻り、今も解除せずにいた。
戦闘時でもないのに発動し続けると、おそろしく体力を消耗するのに。
それに、なれ親しんだエクソシスト達以外の人間の前に、自分の凶悪な姿をさらすことになるのだが。
黙秘しているクロウリーの代わりにラビが答えた。
「泣くんさ」
「は?」
「クロちゃんが発動やめると、びいびい泣きやがんの。ふつうモードのクロちゃんじゃ手におえなかったんさ。俺が抱いたらもっと泣くし。・・・
刷り込みってやつか?最初に抱き上げたとき、クロちゃん発動してたから」
「そんなわけが・・」
「あー。見せた方が早い。クロちゃん、解除!」
「命令するな!」
と、いいながらクロウリーの瞳の険が解けかける。
赤ん坊は、柔和になったクロウリーの顔をみると「ふ・・」と息を吸い顔をゆがめた。
「う・・うわあぁああん!びえあああああ!!うぎゃああああ!!!!」
サイレンのような凄まじい泣き声。
慌てて、クロウリーが牙をむく・・・
「泣くな、男だろうが!」
と、赤ん坊は面白いほどぴたりと泣き止み、ニコニコと笑いながらクロウリーの口元をペタペタとさわった。
「ウーォィイー♪」
「まじですか?」
アレンとクロウリーの目があう。
こわもての顔は今まで見たことのない焦りと救済を求めるような苦悶にみちていた。
どうも冗談ではないらしい。
当の赤ん坊は安心したのか、再びはいはいしはじめ、近寄ってきたティムキャンピーを捕らえようと、手をのばしていた。
アレンは大きめにため息をついた。
「わかりました。
そういうことなら協力しますよ、このまま発動し続ける訳にもいかないし。クロウリーのためにも少しでも早くなんとかしなくちゃいけませんよね。
で?僕はどうすればアダダダダ!!!」
アレンが悲鳴をあげる。
何時の間にか傍らに赤ん坊が座り、彼の左手をおもいっきり噛んでいた。
クロウリーが慌てて優しく引き剥がす。
「コラ!そんなモノ噛むな。苦いぞ、アレイスター!」
「ダアア、キャハ」
「あイタタ・・、もう乳歯がはえてきてるんですね(そ、そんなモノって僕の左手・・)あ、こらこらティムを噛むのもダメだよ」
「何でも噛みたがる年頃さ・・・って・・・クロちゃん?今なんか変な」
「・・・アレイスター、って?」
「こいつの名前だ」
クロウリーは赤ん坊を両手で抱え、しれっと言った。
「呼び名が無いと困るだろう。
男の子だし、面倒だから、アレイスター クロウリー 四世にした」

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