「つまりあれです」
アレンは小声で囁いた。
アレンとラビ、そして発動続行中のクロウリーの三人は、窮屈そうに談話室のソファにぎゅうぎゅう座っていた。
クロウリーの膝の上にいるアレイスター(四世)はミランダがおむつを代えているところだ。
「面倒だとかいいながらノリノリなわけですね。クロウリーは」
「自分の名前をやるなんて、ものすごく魅入られちゃってるさ」
「四世って・・(どういうセンスなんですか)養子にでもした気なんでしょうか」
「自分こそ泣き虫なのに男は泣くな!とかって、すっかり父親気分だしな。だいたいクロちゃんに育てられたら人格が崩壊するさ」
「聞こえてるぞ、眼帯」クロウリーが低く脅す。
「はあいできた。ぽんぽんもあんよもふいたしぃ、おむつもさっぱりしまちたねえ。じゃあ、ミルクをのみましょうか?」
ついつい赤ちゃん言葉がまじりながら、ミランダがなれた様子で、小さな口に哺乳瓶を近付ける。
アレイスター(四世)は、勢い良くすいついた。
んくんくんくんくんく・・・
小さくて懸命な吸音を耳にして、ミランダがつい笑う。
「食欲旺盛ねえ。パパ似ね♪」
「イヤ、親子じゃねえし」
「手慣れているな、ミランダ」「否定しないんかぃ」
クロウリーが感嘆すると、ミランダは例の自虐的な笑みを浮かべた。
「うふふふ、なにしろ転職100回ですもの。家政婦とか、ベビーシッターの経験もありますから。
まあ、赤ちゃんにミルクと家具用ワックスを間違えて飲ませそうになったり、熱湯風呂に入れそうになったりでクビになってばかりでしたけど」
「え?」
三人の男は思わず哺乳瓶を凝視した。
すでに中身はほとんどのみ尽くされていたが・・・
「あ。だだ、大丈夫です。このミルクはちゃんとジェリーさんに調合していただいているから
・・・あ、寝ちゃったみたいですよ」
「やっと寝たか」
「長かったさ」
クロウリーはふうううと深いため息をついた。
アレンがはたと気付く。

「クロウリー、もう発動解いてもいいんじゃないですか?」
促されたクロウリーは憑物が落ちたように脱力し、肩をおとすとぐったりとソファに沈み込んだ。
維持するだけとはいえ、こんなに長時間は発動し続けたことは無かっただろう。
疲労困ぱいと言った様子だ。
「大丈夫ですか?クロウリーさん」
「だ、だいじょうぶ・・・である。・・みんなに迷惑かけてすまない」
通常時に戻った彼は、見るからに顔色が悪く、頬もこけていたが、、アレイスター(四世)の顔を覗き込むと嬉しそうに微笑み、指の先でそおっと柔らかな金髪を撫でた。
「可愛いであるな。
赤ん坊は寝るのが仕事だと言うのに、この子はなかなか寝てくれなくて大変だったである」
「環境が変わると興奮して眠らない子ってよくいるんですよ、それになにしろずっとお腹すいていたのですわ」
「それで私のマントをしゃぶっていたのであろうか」
「うわ、よだれだらだらさ。まだ足りねえんじゃねえの?」
「拭いてやってくださいよ。ラビ」
四人はしばし小さな天使に見入った。

「・・・ところで、これ。もしかしてラビ君のじゃ」
ミランダは赤ん坊が先ほどまで身につけていたぐしょぐしょのおむつを差し出した。おむつにしては、珍しい色だ。深紅に染められた上等の柔布、どこかで見たような・・
「こ、これラビのえりまきじゃないですか?」
アレンの言葉を聞くまでも無いらしく、ラビはうんざりした様子でそれを受け取る。
「そ、俺の『大切な』えりまき。帰る途中でおむつ代りにつかえるもんがなくて、クロちゃんに捲き上げられたの」
「どうりで、めちゃくちゃな包み方でしたわ」
「いや、問題はそこじゃねえし」
「すまないである、とにかく漏れないようにするのが大変で」
「うがー。誰も聞いてねエ」

 

 

『はい。ありがとうございます院長。そうしていただけると・・え?・・・そ、そうですね。いえ、よろしくおねがいします』
ソファ組の横でなにやら電話のやり取りをしていたリナリーが、ほっとため息をつき、受話器をおいた。
「どうですか?リナリー」
アレンが声をかけると、彼女はうなずいた。
「うん、なんとかなりそう。教団関係がやってる孤児院があってね。
そこの院長は私も兄さんも昔から知っているけど、とても優しい方だし。施設もちゃんとしてて明るいし、学校もあるし。預かってもらっても安心だと思うよ」
「本当ですか?」
クロウリー以外のみんなは身を乗り出した。
「さすが室長助手!すっげえコネがあるもんだ。役立たずのアレンとは大違いさ」
「うるさいですよ、ラビ」
「よかったですわね、クロウリーさん」
「そ、そう・・であるな。リナリーが言うなら多分・・・大丈夫、である。うん」
複雑そうな表情でようやく同意するクロウリー。
リナリーは言いにくそうに付け加えた。
「ただ条件があって。
拾ったりした関与者は、今後一切面会できないって。
赤ちゃんは、新しい名前と戸籍を与えて、過去と縁のない人間として育てるって」
クロウリーは一瞬固まった。
「ど・・どうしてであるか?!」
「その子の為だよ」
背後のドアから声がした。

「兄さん!」「やべ。コムイ!?」

全員の心臓が跳ね上がった。
コムイ室長は、おかまいなしにスタスタとクロウリーに近付き、眠ってい赤ん坊を覗き込むと、優しく頬をつついた。
「大きくなったその子が、拾ってくれた人間を頼りに、自分の出生を知ろうとすることもある。亡くなった家族の名前や生まれた土地の事にこだわって大きくなれば、いずれ千年伯爵の罠にかかることも。
AKUMAを増やさないためには、可能性から減らさなきゃいけない。教団の施設はすべてその方針で動いている。だからさ」
「方針・・・て」
「残念ながら、戦いに巻き込まれて戦災孤児が出ることはよくある事例でね。
こういう仕事はファインダーに任せてもらうべきだったんだが・・
まー、連れてきちゃったんじゃしょうがないもんね。
ちゃんと面倒みるんなら、施設のお迎えがくるまでクロちゃんが預かっていいよ。多分1〜2日の事だし」
「え?」
「ほんとですか?室長」
「ダメ!!!って言うかと思ったのに」
「心外だな。ボクは寛容な男だヨ。」
コムイはカッコよく眼鏡を指で押さえ、つけくわえた。
「トコロで、クロちゃんどうするの?この子が目を醒ましている間、ずっと発動し続けるつもりかい?」
アレンも腕を組む。
「うーん。たしかに問題ですよね。維持できる時間とかも限界が・・クロウリーの発動は独学ですから、まだ自在には操れないでしょう?」
「頑張るつもり・・なんであるが」
クロウリーは、ちんまりと座ってそう言った。その様子はあまり説得力が無かった。
それを見て、コムイはニンマリ笑った。
「と、いうわけでね!ちょっとこれ食べてみない?」
と、彼は綺麗なセロハンに包まれた真っ赤なキャンディを数個とりだした。
「お、うまそう」
ラビが手をのばしかけるとコムイはそれを払いのけた。
「ダメダメダメ。これはクロちゃん専用。ふつうの人が食べると死んじゃうから」
一同、嫌な予感を抱えてコムイを見上げた。
「まさかこれ」
「AKUMAの血でできてるんじゃ・・・」
「正解(ピンポン)!
他にも滋養強壮疲労回復気分爽快精力増大・・・て感じで色々なものつっこんであるんだよね。目がさめたらクロちゃんに試してもらおうと思って作ったんだけど、
こないだのゾンビ事件以来、リーバーくんがうるさくってさ。
でもホラ、今回はまさに必須アイテムッて感じじゃん?
はい。クロちゃん!さ、思いきってどうぞ」
ぐい!と差し出された深紅の飴に。クロウリーは一瞬身をこわばらせた。
「え・・と」
「ささ、遠慮なく!イチゴとサクランボとクランベリー味。ボクのおすすめはイチゴなんだけどぉ」
「兄さん!」
リナリーの雷が落ちた。
「物わかりがいいとおもったら・・それが目的だったのね。
大体、どうして発動続行の話をしってるのよ。私もさっき聞いたばかりなのに。まさか立ち聞きしてたわけじゃ!!」
「人聞きが悪いなあ、そんなことする訳が無いだろう?ボクのリナリー」
コムイはリナリーを抱き寄せて、頭をなでなでし、彼女の黒い髪の間からビーズ状の小さな粒を取り出した。
「何時いかなるときも常にリナリーの事を守れるように、盗聴器とナビ発信機つけといたの。これでリナリーがどこでなにしてても、総べて把握することができ」
ゴスッ。
リナリーの踵落としが見事に決まり、キャンディが空中に舞い踊る・・・
「い、痛そうですわ」
「・・おやくそくってやつさ」
「まあ・・・・とにかく育児許可が出て、よかったですよ」
「・・・・で・・あるな」

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