それから二日間は戦争だった。
ミルクオムツミルクオムツミルクオムツ・・・
お散歩お昼寝泣くお散歩お昼寝泣くお散歩お昼寝泣く・・・
発動解除発動解除発動解除発動ーーー!

それだけでは無い。
「いたたた!四世が俺の足、おもいっきり噛んだ」
「すみませんすみません、リーバーさん!」
「出来上がったばかりの計算書にゲロされてるぅ。ひどいよお。」
「ご、ごめんねー、ジョニー!」
「モウィヤッ、四世ちゃんたら仕込み前の野菜全部かじったわ」
「ごめんなさいぃ、ジェリーさん」
「びいびい泣きがってうるせえ!どっか棄ててこい!」
「なんだと?このロンゲ!!」
「わー!ユウもクロチャンもやめるさ!」
「うぎゃああああああああん」
「ねーねー僕のコーヒーきれてんだけど」
「それわ知らん!!!」

 

  

・・・・真夜中 
アレン ウォーカーはふと目をさました。
格子に切り取られた漆黒の夜空に鏡のように月が張り付いている。
二十三夜の下弦が銀色に射し、空気をさらに冷たく澄ませている。
静かな夜だった。
どこかで誰かが歌を歌っている。
遠くから聞こえるかすかな旋律が、アレンの耳に心地良く名残る。
アレンは、ベッドをおりて、
はだしのまま、静かに部屋の外へ出た。

声の主はテラスにいた。
背中を丸めるようにベンチにすわっている。
普段、身を包んでいる漆黒の闇のマントではなく、
柔らかなお日さま色の毛布を羽織り、
パズルを解くような慎重さで旋律をゆっくり辿って、
とつとつと囁くように、
彼は歌っていた。

 ここにおいで
 はやくおいで
 わたしの愛し子
 髪をすいてあげよう
 なんどもキスをして
 やさしくだきしめよう
 あたためてあげよう
 これはゆめだから
 はやくおいで はやく
 このゆめがはじけぬうちに 
 

呪文のように、唄は繰り返しささやかれ、やがて止まった。
小さなアレイスターはねむったのだろう。
「クロウリー」
アレンは、そおっと声をかけた。
振り返ったクロウリーは発動を解いたところだったのか、人とも獣ともつかない様子だ。彼は、しいと指をたてて、小声で呟いた。
「やあ アレン こんな 時間に どうしたであるか」
腕に抱えた小さなアレイスターが幸せそうに深い息をつく。
「ちょっと・・夜風にあたろうとおもって・・・」
「そうであるか」
クロウリーは視線を腕の中に落とした。
「やっと眠ってくれたである。夜が恐いのだろうか、ずっとむずかっていて・・」
「子守唄が効きましたね」
アレンの言葉に、クロウリーは派手に赤面した。
「き、聞いてたであるか。あ、あの・・あんまり眠ってくれないものだからやむを得ずその・・・」
髪を逆立て目を血走らせていた彼がどんな顔をして歌っていたのかとおもうと、アレンは少し可笑しかったが、紳士な笑顔に隠した。
「素敵でしたよ。クロウリーが歌うなんておもわなかった。始めて聞く子守唄です。故郷の歌ですか?」
照れくさいのだろう。
クロウリーは、小さなアレイスターを包む振りをして、毛布をかぶりなおした。
「・・よくわからないである。
なにか歌ってやりたいと思ったけれど、気の効いた唄は知らなくて。懸命に考えている内にふと思い出したのである。
うろ覚えなのに、言葉も旋律も、口をついてでてきたのだ・・・不思議であるな。
小さいころに誰かが唄って聞かせてくれたものなのか・・・」
「きっとそうですよ。あなたがうんと小さかったころにきっと」
「そう・・・かもしれないである」

アレンは別の事を考えていた。
方舟の中で溢れ出た、奏者の唄を思い出していた。
頭の中で勝手に動きだした旋律。
あれもそうなのだろうか。
自分がうんと小さいころに、マナが唄ってきかせてくれたのだろうか。
それとも・・・
「ねえ・・・クロウリー
・・・僕が、覚えている子守唄がね・・」
いいながらクロウリーを振り返ったアレンは、おもわず言葉を飲みこんだ。
彼もすうすうと寝息を立てて、眠りに落ちていた。
よほど疲れているのだ。
この数日、たぶんクロウリーはまともに眠ることも食事もしていない。おまけに発動と解除をくり返し、体力も限界のはずだから。
眠りながらも、卵を抱く黒鳥のように大きな躯を丸め、毛布が外れないように握りしめ、その腕にしっかりと赤ん坊を抱いてている。

アレンは、その様子をじっと見つめた。
「マナも、ああやって抱っこしてくれたっけ」
旅芸人だった親子は、よく野宿をした。
たった一枚のぼろ毛布に二人くるまって寒さを凌いだ夜もあった。
そんなとき、ちいさな息子は、父親の大きな懐に抱かれて眠ったものだった。
大きくて、温かくて、ホコリ臭くて、やさしい・・。
「・・クロウリー。そんな ところで 眠ったら 風邪 ひきます よ」
小さな声で言ってみる。
けれども、本当は起きてほしくはなかった。
もうすこしだけ、
幸せそうに眠る仮の親子を、ここで眺めていたかった。

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