Tree of Knowledge  もみの木

ゲートを抜けた先にある森は、また雪がふりはじめていた。

寒いっすね。
…であるな。
……さ。

エクソシスト3人は、寒さで唇もこわばるのか、ほとんどお互いに口をきかなかった。深い雪を踏み鳴らしながら、もくもくと木々の奥に進んでいたが…、
やがて沈黙にたえられず、ラビが『ああもー!』とさけんだ。

「もー!!なんで俺らだけこんな仕事しなきゃならないんさ。アレンやリナリーたちは教団でぬくぬくしてるのにぃ」

ラビはわざとらしく雪の上に転がってとジタバタと手足を動かした。
大まじめでクロウリーが応える。
「何を言ってるであるか。
こんな大変な仕事はご婦人や子供にはさせられないであろう?」
「そうっすよ。教団本部の真ん中に飾り付けるクリスマスツリーをとってくるなんて、一年に一度の責任ある仕事っす」
チャオジーもまじめに同意する。

それをみて、ラビはよけいにだだをこねた、
「ただ アミダで決まっちまっただけじゃん?それに俺だってまだ子供さ。ぬくぬくしたいいい」
クロウリーは、珍しく冷ややかな笑顔で言った。
「いつもはストライクとか言っているのに…。ははーん、都合のいいときだけ子供なのであるな、ラビは」
図星を当てられたラビは一瞬ウっと詰まったが、さらに両手をじたばたさせる。
「もー、クロちゃん冷たい。そういう突っ込みはクロちゃんらしくないさ。やさしく暖めてほしいのにい」
「だめである。子供の躾は厳しくと、お祖父様も言っていたであるから」
「エー?もお、俺大人だしい」
「どっちなんであるか?」

二人のやり取りの間でオロオロしていたチャオジーが、おそるおそる割り込んだ
「あ…あのラビさんもクロウリーさんもケンカしないでください。大丈夫っす、俺一人で十分運べるっすから」
すかさずクロウリーが便乗する。
「そうであるな。もみの木の一本や二本。チャオジーと私だけで軽々と運べるである。ラビは先にかえってぬくぬくすればいいである。いくである、チャオジー」
「うわ。クロちゃあああん。わるかったさ。ちゃんとお仕事しますってばさ」
降伏の言葉を聞いたクロウリーは、にこやかに笑った。
「そうであるか?たよりにしてるである。いままでのツリーより大きい木を。と言われているであるから。本当はラビに選んでもらわなくては困るである」
「っす」

「はいはい…わかってますって。あんまし寒いから、ちょっとだだこねてみたかっただけさ」
ラビは起き上がると、服についた雪を払い、木々を見上げた。変わり身が早い。
「…よし、あれにしよう」
ラビは迷うこと無く指差した。
その少し先には、一本の堂々たるもみの木が天に向かってまっすぐに聳えていた。


「おお。きれいな木であるな」
「ひときわでかいっすね」
「チャオジー、担いでいけそうか?」
「もちろん楽勝っす」
怪力のイノセンスをもつチャオジーは、さわやかにうなずいた。
「よっし、じゃあ、とっとと片付けちまおうぜ」
ラビは背中の荷物入れから折りたたみ式のチェンソーを取り出した。
ひもを引き、エンジンをかけると、白煙を吐きながらチェンソーが回り始める。
けたたましい音は、周囲の枝々から粉雪を振り落とし、空気を引き裂くように鳴り響く。
もみの木がその衝撃音に震えるように揺れた。
その様子をじっと眺めていたクロウリーは、急に顔色を変えると、
木とチェンソーの間に入って、ラビを制した。
「ラビ!ちょっと待つである」
「危な!な…どうしたんさ?クロちゃん」
「すまないであるが、その…だから…。ちょっと気になるのである。この、もみの木は切ったあとどうなるんであるか?」
「は?」
怪訝な表情でラビはチェンソーのエンジンを切った。森中に痛いほどの静寂が戻る。
「えーと。だから、本部で飾り付けてクリスマスツリーに」
「…その後は。クリスマスの後はどうなるんであるか?」
クロウリーの質問の意図が分かったラビは、少し沈んだ声で「ああ」とうなずいた。
「もちろん、ニューイヤーがあけたら、用済みさ。まあ、薪にされればいいけど、生の木だし、松やにを含んでるから、暖炉じゃ使えねえし、ゴミに出されるかどこかに捨てられるか、だな」
クロウリーの目が少し、悲しそうに曇った。
「切り倒されて、ツリーにされて、役目が終わったら捨てられるのであるか?」
「仕方ないっすよ、神様のお祝いの為に切るんすから」
「何年もこの静かな森で、平和に生きている美しい木なのに…」
「そりゃまあ、そうっすけど…」
クロウリーは、そのまま黙り込んでしまい、もみの木を見上げた。
その姿を見て、ラビはちくりと胸が痛んだ。
もしかしたらクロウリーは、切り倒されて、元の場所から引きづりだされ、やがて朽ちていくもみの木に自分のことを重ねているのかもしれない…と思ってしまったのだ。
意思とは関係なく、イノセンスに寄生され、命を削りながら神の望みに従って戦い、いつか朽ちていく自らに…。
たぶん、ラビの思い過ごしだ。
おそらく、クロウリーの心根が優しすぎるだけのことだ
一本の植物にさえ、同情してしまうほど。
しばし考えを巡らせていたラビは「しょうがねえ、別の方法をためしてみるさ」とため息をついた。
「ちょっと重労働だけどな」


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