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若い騎士が叫んだ。
『ボルト殿!ボルト・クランク殿!どうか、いましばらくお待ちください!』
王の一行と冒険屋との距離がだいぶ離れた頃。
一人の若い騎士が、ボルトを追って来た。
長旅には場違いな重い鎧をジャラつかせながら、はあはあと息をはずませている。
「・・・俺の仕事は、国境までの約束だ」
『いや、そのことでない!ここまでのご尽力!我が王に代わって礼を・・・』
ボルトは歩をゆるめず、こたえた。
「報酬はすでに受け取っている。礼なら、依頼人にいってくれ。王サマの国外逃亡の為にいまも領地に踏みとどまっているマッキノンに-」
騎士は追いすがった。
『では!いまひとつ仕事を頼まれていただけまいか、いや、そうでない!二つ!二つの仕事を!』
「二つ?」
『はい・・・一つは我が王よりの願い、いま一つは・・・きわめてふがいなき我が願いなれど!』
ボルトは、ふと足を止める。
『おききくださいましょうか!』
まだひげもはえぬほどの若い騎士は、顔を輝かせた。


夏でさえヒースしか生えぬハイランドの荒野に朝露にかがやいていた。
冒険屋が、たった独りでもと来た南へ歩きはじめ、半日が過ぎる頃。
夜があけた。
一瞬足を止めて、うす青い空を見上げた彼は、視線を下ろすとポケットに入れていた左手を目の前に掲げた。手の上にのせられた、蝋で封をされた薄汚ない小瓶。ラベルに腐食液でかかれた怪しげなゴートの文字が、彼の眼鏡にうつり込む。
冒険屋は耳の奥でリプレイをかけた。
『これは王家に代々伝わる秘法の良薬-死に瀕るをも完治する門外不出の調合!これを忠誠の証しにと、王からの礼として、なんとしてもマッキノン卿に。もう一度戻れるのは、ボルト殿しか・・・』
「証し・・・か」
ボルトはつぶやくやいなや、大口をアングリとあけ、蝋封の瓶を口にほうりこんだ。
ガリ!バキバキ・・・ごくん。
一瞬、初めて体感したその味に、彼は神妙な表情をみせる。それから口元をゆがめた。
「なるほど・・・」
その間に、今度はポケットから右手を上げる。
手には小さな灰色のボールが乗っている。
・・・ボールを差し出した時、若い騎士は妙にしおらしく説明した。
『安全なうちに逃れさそうと迷いつつ、情にながされ、ここまで未練いたした。これより先は海旅。小さきものには危険窮まりない。話すも恥なれど、わが妹と愛した者。どうか無事な場所まで!』
「妹・・・ね」
ボルトはふたたびつぶやいたが、ボールには喰らいつかず、「にい」とわらった。
眼鏡にうつりこんだ手の上の灰色のボールが、むじむじとほどけたかと思うと、
『にゃあ』とないた。

 

 

 

 -霊薬の守護者- Elixir’s Enveloper (EAT-MAN  iv)

 

 

「ダブル、ロック。それから」
カウンターにすわりかけ、それから思い直してテーブルに座り直した大男は、良くひびく声で注文した。
「ミルクをすこし」
バーテンは、おもわず「へ?」とききかえした。
「ミルクだ。なければ生クリームでもいい」
男は緑色のコートのポケットの中からジャラジャラとネジをとりだしながら、
「あ、少しあたためてくれ」とつけくわえた。
バーテンはほんのすこし、怪訝そうにオーダーを復唱した。しかし、辺境の村酒場とはいえ、さすがに伝統を誇るアイリッシュパブだ。躊躇なく、薫りたかいハイランドモルトに、上等なジャージー種のミルクがほんのりと湯気を上げてチェイサーがわりにそえられて出された。
ポケットからネジといっしょに取り出された毛玉が、ブルっとふるえたかと思うと、テーブルの真ん中に座り直し、眠そうな顔でボルトを見上げた。
「晩飯のかわりだ」
ボルトはつぶやきながら、チャイサーグラスを小猫の前におしやった。それからネジを一つつまみあげて口にほおりこみ、_褐色の酒で、唇を湿らせた。
小猫は、首をかしげるようにしてヂッとその様子を見つめる。
『おニイチャマは?』
「あの男は仕事にでかけた。俺はお前を安全なところに連れていくように頼まれた」
トテトテ・・・と小猫はテーブルの上を歩き、酒のグラスを覗き込んで、クンとにおいをかぎ、クシュンとくしゃみをした。
『これおいしい?おヂさん』
「・・ボルト。冒険屋だ。こどもの呑むもんじゃない」
『ドクだよきっと。だって、目にしみる』
ふ。とかすかに笑ったボルトは、もう一つネジをかみしめた。
カリ。ポリポリ・・・。ごくん。
『それ、おいしいの?』
「まあな」
『ボルトって、あんまりいいもの食べて無いんだねえ』
その間に小猫はミルクのにおいをたしかめる。
『みるくだ。ボルトにすこしあげようか?』
「・・・いいからすきなだけ、のめ。」
『・・・じゃあ、こんど、わたしがおいしいものつかまえたらあげるね。ボルトに』
小猫はグラスの前にすわると、眼を細めてミルクをなめ始めた。
「!」
ボルト・クランクがふいに顔を上げた。
ざらり!兵士たちが現われ、彼を取り囲むとあっという間に、ボルトに何十もの銃口をつきつける。
「冒険屋だな?」
カリッ。ジャリジャリという音をたてながらわざとらしく、ネジを噛みくだき、ボルトはつぶやく。
「何か用か?」
「国王は何処だ!どこに居るか言え!」
リーダーらしき兵士がダミ声をはなった。
「・・・さてね。昨日別れてから会って無い」
不敵な様子に、兵士たちがざわつく。うつろな銃口の群れがフラフラと動く。
「ち。いっしょにこい、ききたいことがある!」
ボルトは、グラスを置いた右手をすこし動かした。
がなにもせず、そのまま、その指で眼鏡を押し上げると、しずかに立ち上がり、スタスタと外に向かった。
取り囲んだ兵士がぞろぞろ後に続く。
ギイ・・・バタム。
カウンターのうしろで冷や汗をかいていたバーテンが、こわばった喉をゴクリとならし、ようように顔を覗かせた。テーブルのうえにネジが数個、灰色のちいさな小猫が幸せそうにミルクを呑み続けている・・・。
ドン!!
突然腹にひびく大爆音。
「ひ!」
バーテンは思わず顔をひっこめ、棚の上の全てのモルトウイスキーが一瞬かたかたとふるえた。
ギイ・・・。
ボルトはパウダースモークをわずかに巻上げながら、再び店に戻ってきた。
なにもなかったように、椅子にすわると、なにもなかったようにグラスを口に運ぶ。
『ボルトォ。もっとほしい!』
空っぽのグラスの前で、小さな毛玉がなまいきそうに尻尾をぱたぱたした。


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